
うなぎ上りの新卒初任給。ついに新卒入社で月給40万円を提示する会社も現れました。一方、管理職を勤めるご自身はどうでしょう?残業は厳しく制限され、経験の浅い社員への指導やフォロー。自分自身がプレーイングマネージャーなのに、自分のプレーの時間が来るのは部下の退勤後・・・?これじゃ管理職なんてただの罰ゲームみたいなものなのでしょうか?
私は危機管理の専門家として、ハラスメント対応やコミュニケーション戦略に関してさまざまなメディアで意見発信をしています。厳しいビジネス環境においても、危機的状況をどう生き抜くべきか、考えてみたいと思います。
今回は突然起こり得るケースとして、ご自身の部署で「ハラスメントの通報があった」と連絡が来た時、どのように行動すべきか考えてみましょう。
<目次>
まさか自分が加害者に?身に覚えのないパワハラ通報

ここでは、ある企業の課長職に就くAさんのケースを紹介します。
ある朝、Aさんが出社してパソコンを開くと、人事総務本部から突然のメールが。
「〇〇課においてハラスメント事象の発生という訴えが来ています。本件について、お話を伺いたく、本メール返信にてご都合を知らせてください」とのこと。
Aさんは課長として、半年前に入社した中途社員の指導にあたっていました。採用時は「即戦力」として期待されていたものの、業務の覚えが悪く、独り立ちには程遠い状態。Aさんや周囲の社員が丁寧に助言しても、似たようなミスを繰り返すため、時には叱責もしていたといいます。
最近、その社員が欠勤を繰り返していたことを思い出しましたが、多忙なAさんは特別な対応をとっていませんでした。今回の訴えが誰からのものかは明言されていないものの、心当たりがあると感じたようです。
Aさん自身、部下に対してハラスメント行為をした認識はありません。何より自課のスタッフが増えるとその分の人件費が上がるので、経験者採用であっても、よくわからない新人が入ることには抵抗を感じていました。
しかし上長である部長からの頼みというよりはほぼ命令で、受け入れた経緯もあり、半分怒りに近い感情もわかせつつ、さっそく人事総務本部と面談のアポを取りました。
今回人事からの面談で聞かれたのは、ある社員から、「適切な指導もなく現場に出され、ミスや未達を厳しく叱責されたことがパワハラである」という訴えがあるが、何か思うところや、心当たりはないかということでした。
一方的にパワハラと判断されているようで憤りを感じる一方、人事の目が自分に向けられることの怖さもあったといいます。ここでの自分の対応によっては、会社員人生が崩壊してしまうのではという恐怖感も湧いてきます。
たとえ違反をしていなくても、警察官の前を通るだけで緊張する感覚。Aさんにとって、人事からの呼び出しも、それに似たプレッシャーを感じる出来事だったようです。
このような状況に陥った場合、あなたならどうしますか?
ハラスメントの”ルール”が変わった現代をどう生きるか

「パワハラなんて自分とは関係ない」
「自分は何も悪いことなどしていない」
「仕事ができないくせに、一方的にパワハラなどという考えが許せない」
私が会社員時代の部下や、今、コンサルタントとして顧問先企業での社員との面談などで会ってきた方のほとんどは、「ハラスメントなど関係ない、むしろ心外だ」という気持ちになっていたと思います。
実際にハラスメント行為だったことも、そうではなかったこともどちらもあり、事案によってトーンは同じではありませんが、基本的に決めつけたかのような圧迫や懲罰的な態度は取らないように意識してきました。一方でネットニュースをはじめ、日ごろから「パワハラ問題」が報道されることは、もはや珍しくなくなっています。
「パワハラ防止法」(正式には「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」)で、パワハラ対策は2022年から義務化されたのです。どの企業でも定期的にハラスメント防止研修が行われるようになったのも、コロナ禍を経て、だいたいこの数年なのではないでしょうか。
私はまだハラスメントという言葉が確立される以前から、ハラスメント問題に取り組んできました。新卒で小売りチェーンに入ったことで、パワハラやセクハラだけでなく、これまた昨今注目が上がっているカスハラ(カスタマーハラスメント)に関しても、対策を考えてきました。今はさまざまな企業、官公庁、学校法人など大手から中小まで、全国からお呼びがかかって、講演やセミナーを行っています。
ひと言でいえば、ハラスメントに関しては、環境が完全に変わったということが重要です。このことが、ご自身がハラスメント行為を問われる際でも、一番のカナメになります。
私は昭和の終わりごろから会社員を始め、バブルの恩恵はまったく受けずに中小零細企業、外資系企業で職歴を積みました。コンプライアンスなど無かった、昭和のサラリーマン経験が私の社会人の基礎になっています。私と同じように「仕事は盗むもの」「志無き者は去れ」「苦労は買ってでもすべき」的な環境で育った人は少なくないのではないでしょうか。
現在は経営者の方々を対象に、コンプライアンスやガバナンスの重要性について講義する機会も多くなりました。そうした経営層や管理職の方々とは、大まかな価値観や育った時代背景に重なる部分が多いと感じています。
私自身はそれなりに厳しい環境や理不尽な行為、今なら完全アウトなコンプライアンス違反のような環境を経験したことで、逆に自分が成長できた部分があったというメリットも感じています。
しかしルールは変わったのです。自分にとっては有益な部分もあった、かつての会社員のあり方や環境と「今」は、別のルールが敷かれたと考えなければなりません。
決して誤解していただきたくないのは、「ルールが変わった」ということであり、昭和のサラリーマンがダメな訳でも間違っている訳でもないという点です。私たちが子供の頃から慣れ親しんだ野球やサッカーなどのスポーツも、時代とともにルールが変わっています。ハラスメントやコンプライアンスへの対応も、それがルール変更なのだと、冷静に理解すべきです。
突然の呼び出しに慌てないための対応ポイント3つ

冒頭にあった人事総務からの面談では、どのように対応すべきでしょうか。会社によって、状況や事情、判断基準など同じではないですが、一般的に広く共有できそうな対応をまとめてみます。
①冷静さを保つ
このような緊張感のある呼び出し面談も、「ルール変更」の一部です。パワハラ防止法は「パワハラをやめよう」ではなく、企業などがいかに防止に取り組むかを規定することで、働きやすい環境をつくることを目指すものです。通報や申し立てがあれば、それに対応することは会社の義務となりました。呼び出し=有罪判決ではないので、まず落ち着いて一呼吸しましょう。
②明確な事実検証をする
誰と、何が、いつ、どのように起こったのか、できるだけ詳しく思い出してください。日ごろから克明な日誌などをつけているなら有力な武器になりますが、そのような人はあまりいないと思います。
意外に頼りになるのはスケジューラーです。私はいまだに手帳に書き込みをしているのですが、手帳のメリットは記録が残ることで、ペンで書いた文字は二重線で消しても読むことができます。日めくりカレンダーに予定を書いている人もいます。業務報告など含めて、ぜひできるだけ正確な記憶をたどって下さい。
③検証する
「ハラスメントは、(被害者が)そう感じたらハラスメント」という説が、かなり広く出回っていますが、実際は誤った認識です。セクハラの内容によっては、被害者の判断で成立することがあるのは事実でしょう。しかしパワハラについては、「パワハラ3要素・6類型」という定義があり、これに合致するかどうか、正式なハラスメント委員会などの判断によって決まるのです。
被害を受けたという相手がどう感じたかは、重要な基準のひとつではあります。しかしそれだけで確定されるものではなく、さまざまな事実を通じて、会社など法人としての合理的判断によって決まるものです。
逆に「自分はそんなつもりではない」という主張は、ほぼ意味がありません。冷静にパワハラ防止法などに沿って、意図や目的ではなく「行為」の是非が審査されるものだと理解しましょう。
危機とは「あってはならないもの」ではなく、「いつか必ず突然に起こるもの」です。ご自身が予期せぬ理由で突然、聞き取り面談を求められたりすることは、誰にとっても起こり得る現実となっています。
日ごろから自制と自戒を心がけ、できれば簡単な業務記録なども習慣づけておくのは、きわめて現実的な自己防衛策だと言えるでしょう。