ピアニストのフジコ・ヘミング氏が4月21日、膵臓がんのため92歳でこの世を去りました。リストの難曲『ラ・カンパネラ』の演奏などで人気を博しました。葬儀は近親者で営み、お別れ会は後日開かれる予定です。
ベルリン生まれの彼女は、スウェーデン人の父と日本人の母のもとで育ち、東京で音楽の才能を磨きました。東京芸術大学を卒業後、ドイツで学び、欧州各地で演奏家としてのキャリアを築いています。
フジコ・ヘミング氏の人生は多くの困難に見舞われましたが、1999年のNHKドキュメンタリー『フジコ〜あるピアニストの軌跡〜』が彼女の波乱に満ちた生涯と復活をクローズアップし、大きな反響を呼びました。同年リリースされたデビューアルバム『奇蹟のカンパネラ』は、クラシック音楽のCDとして異例の売り上げを記録し、彼女の名を世界に知らしめることとなりました。
2023年、彼女は自宅での転倒を機に公演をキャンセルし、今年3月には膵臓がんと診断されています。フジコ・ヘミング氏の情熱的な演奏と彼女が遺した音楽の遺産は、今後も多くの人々に影響を与え続けるでしょう。
フジコ・ヘミング氏とは?5歳からピアノを始める
ベルリンで生まれたフジコ・ヘミング氏は、5歳からピアノの練習を始めました。彼女の音楽教育は母によって手ほどきされ、早くからその才能を示しました。17歳でピアニストとしてのキャリアをスタートさせています。
しかし、重要な演奏会の直前に風邪をこじらせ、耳が全く聞こえなくなるなどの重症を追い、一時はピアニストとして不遇の時代を過ごしています。財団によると、2023年11月に怪我をした際には、一日も早くピアノ演奏に復帰しようと、強い意志を持って治療とリハビリに励んでいたとのことです。
また、今年3月に予定していたニューヨーク・カーネギーホールや日本での公演を楽しみにしていたとされます。「奇蹟の『カンパネラ』を再び弾ける日が来ることをフジコ・ヘミング本人ともども切に祈っておりましたが、もう叶えることはできません。しかし、これから先も、フジコ・ヘミングの魂の演奏の思い出が皆さまの心の中で奏で続けられることを願っております」と財団はコメントしました。
ネット上では、「とてもチャーミングな人だった」「素晴らしいピアニストでしたね」「素晴らしい演奏、ありがとうございました」などのコメントが寄せられています。