認知機能が低下した受刑者への対応はどうする?宮城刑務所の作業療法士に聞く「機能向上作業」の取り組み
「老化などによって認知機能が低下した受刑者は、刑務所でどのようなサポートを受けられるんだろう?」と疑問に思ったことはありませんか?
刑務所での認知機能改善への取り組みはまだ新しい試みですが、現在全国で10人以上の作業療法士が刑務所に常勤し、受刑者の認知機能を改善するためのリハビリを担当しています。
「刑務所での作業療法士の役割は?」
「受刑者はどのようなリハビリを受けているのか?」
「一般の作業療法士とは何が違うのか?」
そんな疑問に答えるべく、宮城刑務所で働く現役の作業療法士の方に、受刑者が受けているリハビリの実態について詳しく伺いました。
<目次>
刑務所の作業療法士の仕事
低下した認知機能や身体機能を改善し、一般工場などへの復帰を目標とするための作業は、刑務所内で「機能向上作業」と呼ばれています。この作業を担うのが作業療法士です。機能向上作業の取り組みが刑務所に本格導入されたのは3年前で、まだ歴史は浅いものの、試行錯誤しながら取り組みが進められています。高齢化が進む現代において、その必要性がますます高まっていることが伺えました。
矯正における作業療法士の概要
作業療法士は、1人ひとりの「強み」を活かす視点を大切にしています。高齢者は身体機能、認知機能ともに低下しがちですが、衰えた機能を無理に取り戻すだけではなく、残っている機能を最大限に活かし、その環境を整えることも求められています。機能向上作業を通じて、受刑者が一般工場に復帰したり、軽作業が多い養護工場で働けるようになることを目指して「生活者」として、どうありたいかなど、目標を共に考え、次のステップに踏み出すための援助を行っています。
「機能向上作業」の役割
宮城刑務所には元々、一般的な工場や病棟の養護処遇など選択肢が限られていました。そのため、機能向上作業を受けた人が、その後に一般工場に戻るのはハードルが高いという実情がありました。そこで、養護工場のような高齢者にスポットを当てた工場が整備され、機能向上作業との連携がよりスムーズに取れるようになりました(一般工場の他に、選択肢が増えたことで、その人の状況に合った工場に復帰することが出来るようになっています。)。さらに、機能向上作業には予防的な役割もあり、機能が低下する前にトレーニングを行う場としても機能向上作業が活用されています。
リハビリに対する刑務所内の理解
視覚だけでなく、運動覚や深部覚といった触覚機能や集中力など複合的な機能を養う目的で、機能向上作業ではけん玉やお手玉を使用します。一見遊んでいるように見えるかもしれませんが、これもリハビリの一環です。刑務所での作業療法はまだ目新しい取り組みであるため、治療手段のひとつであることを理解してもらう必要があるという課題を抱えているとのこと。
また、歌を歌うことも認知機能の改善に効果的とされていますが、刑務所という厳格な施設環境では、規律を守りながらどの程度実施できるか、そして他の職員や受刑者にどのように説明し理解を得るかが大きな課題となっています。
刑務所で作業療法士として働くことについて
今回お話を伺った宮城刑務所の作業療法士の方は、作業療法士の他に、看護師の資格を持っており、以前は同刑務所の医務部で看護師として働いていたそうです。当時、刑務所ではまだ作業療法の分野は広まっていませんでしたが、令和3年度に機能向上作業の立ち上げが本格化したことを機に、作業療法士としての役割にシフトしたとのことです。
作業療法士を選んだ理由
リハビリに関わる仕事としては、作業療法士のほかに理学療法士もあります。理学療法士が身体的領域に特化しているのに対し、作業療法士は身体的・精神的の両方の領域を扱うことが特徴です。体を多角的に見ることでその人の生活全体に寄り添える点に魅力を感じ、理学療法士ではなく作業療法士を選んだそうです。
<刑務所の作業療法士になった理由>
新しい領域であり、矯正という分野で作業療法士として、その環境での寄り添い方やアプローチなどを模索し、作業療法を必要とする人がいるのであれば関わっていきたいと思い、希望したとのことでした。ただし、刑務所では必ずしも「寄り添う」ことが善とは限らないため、医療人としてのバランスを取ることに難しさを感じるとも語っています。それでも、刑務所の作業療法士は技官として保安を担当する刑務官よりも受刑者に近い立場で接しており、独特な寄り添い方や距離感にもやりがいを感じているようです。
今後の展望
作業療法士は医療職でありながら、一般社会に戻った後の生活を支援する役割も担っています。医療的な側面に加えて、福祉的な観点からも作業療法士は受刑者に働きかけることが可能です。現在、矯正施設では、まだ縦割り的な雰囲気が強い状況ですが、今後は他部署との連携を深め、チームとして受刑者の出口支援を強化していきたいと語っていました。
「刑務所内の作業療法士はまだ少ないですが、他部署との連携による出口支援の体制が確立されれば、作業療法士の存在意義がさらに広がるのではないか」と、将来への展望を示していました。