「女子依存症回復支援プログラム」を振り返るシンポジウムが開催。浮き彫りになった刑務所の課題とは?

女子受刑者が出所後、社会復帰においてさまざまな理由から困難な状況に陥ることは珍しくありません。薬物使用の罪で服役している女性は依存症になっていることが多いため再犯率も高く、受刑中から治療や支援が必要とされています。
そんな女子受刑者を支えることを目的にした「女子依存症回復支援プログラム」というプログラムが昨年まで札幌刑務支所で行われていました。2025年2月8日にはこのプログラムの成果や課題を考えるシンポジウム「塀のなかと外はつながるのか?-女子刑務所モデル事業を振り返る」が東京の成城大学で行われました。
<目次>
札幌刑務支所で実施された「女子依存症回復支援プログラム」
「女子依存症回復支援プログラム」(通称「モデル事業」)は、元千葉県知事・堂本暁子さんを中心とした「女子刑務所のあり方研究委員会」の政府への呼びかけで導入された女子施設地域連携事業、その後の薬物依存離脱指導の新実施体制と合わせて始まった、日本初の支援プログラムです。 女子施設地域連携事業は精神科の看護師や精神保健福祉士、臨床心理士など、対人援助の専門家が介入して受刑者を支援。出所後の再犯防止や社会生活のために伴走することを目的として実施されました。このモデル事業の実施場所に採用されたのが札幌刑務支所で、実施期間は2019年から2024年です。

今回のシンポジウムでは、このモデル事業に関わった専門家をはじめ、刑務所や薬物依存の有識者が登壇し、モデル事業を振り返りつつ、今後の課題について発表しました。
暴力などさまざまな被害体験を背景に、精神的な不調や生活上の困難を抱える女性を支援しているNPO法人リカバリー代表の大嶋栄子さんは、精神保健福祉士としてモデル事業に参加。同NPOでの活動を通じて、違法薬物に関わる女性たちの再犯率の高さを痛感したことが、モデル事業へ参加したきっかけだと語りました。
「彼女たちは逆境体験やトラウマの重なりが深刻で、治療や援助が非常に難しい事例が多いです。出所しても暴力や搾取に絡み取られたり、安全に依存できる先がなかったりして再び薬物に手を出すなど、社会生活がさらに困難になっていく悪循環。自分がなぜ薬物を必要としたのかという視点で考える機会がないことも課題です。また出所後には地域の中に当該女性を支えるネットワークがなく、あっても彼女たちがその存在を知らないんです」
出所後の「自由」を求めて支援施設を避ける女性たち
刑罰ではなく治療や支援で受刑者を支えるモデル事業。大嶋さんによるとこのモデル事業に参加できる受刑者には、いくつかの条件が設けられていました。たとえば、ある程度の言語理解が可能であること、重篤な精神疾患を併発していないこと、受刑期間が極端に短くないことなどです。そのうえで運営側からプログラムを受けてほしい旨を伝え、本人の希望があれば編入されるという流れだったそうです。
参加受刑者は1日8時間弱ある刑務作業時間が約半分となり、残り半分がモデル事業の時間に充てられました。数種類のプログラムがあり、刑務作業のイチゴ栽培と並行しながら6カ月から1年半毎日繰り返しました。
依存行動をジェンダーや家族との関係で学んだり、自身のトラウマや生活と向き合ったりする「コアプログラム」のほか、自分の気持ちを言葉以外で表現する「手仕事&アート」、専門セラピストが筋肉の緊張をほどく「ソマティクス」、アルコール依存症や薬物依存症の当事者を交えた「自助グループの紹介ミーティング」が実施されました。
プログラム参加者たちが生活していたのは「みのり寮」という居室。すべて個室でベッドや椅子、テーブルなどの家具などが配置され、洗面所には洗濯乾燥機が完備。洗濯は自分で行うなど、出所後の生活をイメージしやすい環境です。
個室に鍵はかけず、廊下には談話スペースも設けられており、入居者同士が自然に交流できるよう工夫されていました。しかし、ある受刑者が刑務官に反抗的な行動を取ったことをきっかけに、一般的な刑務所と変わらない厳しい管理が徹底されるようになってしまったそうです。

大嶋さんは、今回のモデル事業に関わるなかで、いくつかの課題が浮かび上がったと振り返りました。その一つが、「塀の中」で出所後の生活を具体的にイメージさせることの難しさです。地域社会には出所後に女性たちが生活を取り戻すためのサポートをしてくれる施設があるものの、ほとんどの女性が利用を希望しなかったのこと。
その理由として挙げられたのが、施設における厳しい生活ルールです。携帯電話の所持が認められなかったり、門限が設けられていたりと、行動に多くの制限があるためです。「刑務所で自由がなかったのに、出所後まで自由のない生活はしたくない」と、支援施設とのつながりを拒む女性も少なくないといいます。
モデル事業のセンター修了生のなかには、出所しても就労に関するきめ細やかな相談に対応してくれる支援者がいないことや、家族との関係が出所後にさらに悪化してしまい、本人だけでなく家族全体への支援が必要になるケースがあります。
また、依存症に対応している医療機関はあるものの、薬物の再使用や強い渇望に対処できる施設は極めて限られており、十分な支援が受けられないまま、知人などを通じて再び薬物に手を出してしまうこともあります。
「塀の中で再三練習してきた『困ったら誰かに相談する』という仕組みづくりがとても難しかったです。モデル事業は5年で終わり、今でもセンター修了生との関係は継続していますが、塀の中と外を繋げる試みは道半ばで終わってしまい、たくさんの課題が残りました」と大嶋さんは振り返ります。
ジェンダーの視点で見つめ直す、女子受刑者の理不尽な現実
次に自身も薬物依存と摂食障害の当事者として、依存症を抱える女性たちを支援してきたハームリダクション東京共同代表でNPO法人ダルク女性ハウスの上岡陽江さんがオンラインで登壇。

「ダルクに来る人の多くが虐待サバイバー」と、彼女たちの依存症に至る経緯が深刻なものであることを上岡さんは語りました。そして薬物依存に陥る女性たちを救うべく、刑務所に入らないようにと活動してきたなかで、2000年頃に北九州医療刑務所で出会った佐藤所長の言葉で意識が変わったそうです。
「佐藤所長に『あなたは刑務所に入れまいとしているだろう。でも刑務所に入ることは悪いことではない。白か黒かという生き方ではなくグレーという生き方もある。何度も刑務所に入るのは自分の安全のためかもしれない』と言われてハっとしました。人は誰しも植木鉢を持っていてそこに花が咲いているとしたら、彼女たちの植木鉢の中には肥料が入っていない。だから何かに依存してしまうんです。ダルクで出会って植木鉢に土や腐葉土を入れたり、人との出会いをつくったりするとみんな元気でなんとかやっていけるようになる。鉢の中が豊かになれば、出所してからも大きな問題を起こさずに社会でも乗り越えていくようになれるのだと思います」
次に、子どもや女性の犯罪について研究する千葉大学理事・副学長の後藤弘子さんが、ジェンダーの視点から女子受刑者が抱える困難を指摘しました。

「現在の刑事法は国家権力を背景にしており、犯罪捜査規範や刑法、更生保護法など刑事司法もすべて男性化しています。法律を制定する場面では女性は少人数であり、子どもは皆無です。つまり女子受刑者は男性中心の社会で理不尽な子ども時代を経て、搾取や性的被害、暴力、貧困を生き延びてきた女性たち。女性として生きるだけでも大変な中で薬物を使ったことで犯罪者として生きなければいけません。また女子受刑者にとって罪を犯した社会も、出所後に戻る社会も男性中心。女性であることを尊重された経験がなく、搾取や暴力の対象であるという問題が解決されないまま出所しなければいけない状況になっているのです」
モデル事業では、女性差別や性的役割分担などジェンダー的な視点で自身と向き合うプログラムも実践されました。女性であることを尊重され、尊厳を回復する試みであったと後藤さんはモデル事業を評価。一方でセンター修了生も結局は出所後には「元・女性犯罪者」としてジェンダーステレオタイプに再びからめとられて自分の尊厳を奪われてしまう状況に陥るリスクもあります。
「からめとられずに出会った人や考え方、心地よさをつながり続けることがとても大事だと思います。そしてからめとられないためには強い決意や意志、人とのつながりをベースとした矯正、保護をしていく必要があるのではないでしょうか」と、後藤さんは語ります。
モデル事業の修了生が語る「人間として尊重されることの大切さ」
シンポジウム第一部の最後には、モデル事業を修了したハルさんがオンラインで登壇し、プログラムで得たことや出所後の経験について語りました。複数回の受刑経験があるハルさんは、従来の刑務所生活とこのプログラムとの違いを実感したといいます。
「今までは劣悪な環境で大勢の中の1人として扱われ、刑務官も私情を挟まず厳しく接してきて個人としての尊厳が感じられませんでした。支援センターでは、一人ひとりが自分のことを考えられて学びの機会を与えてもらえました。刑務官とも対話できたし、たくさんの専門家の方々が自分と向き合ってくれ、悩んだときも私の話に耳を傾けてくれました。自分が大切にされていると感じながら生活ができたことは大きな違いでした」
社会復帰コーディネイトで更生に向けて想定していた地域生活でのプランは、出所後に見事に打ち砕かれたとハルさんは語ります。しかし困難が起きても大嶋さんなど専門家と継続して繋がったことで社会復帰ができたとのこと。
支援センターでのプログラムについて「自分と向き合ったりいろいろなものに目を向けたりするのはとても苦しかった」と、ハルさんは振り返ります。しかし今の自分の言動や行動を立ち止まって軌道修正を繰り返しながら生きていけるようになったのは、プログラムを通して人に相談できたことだとも。
「出所後、最初は1か月に1回面談してもらって日々の生活を伝えていました。ただ生活を伝えているだけなのに過剰に心配されてイライラしたこともあります。でも専門家の方の着眼点はすごくて、そのときに心配されたことはやはり自分だけでは抱えきれない問題として生じていたのです。それまでは人に依存したりよくない人間関係や自分の中の黒い部分が出てきていました。でも支援センターで相談してきたことで、社会に出るとそんな人ばかりではないし、人に相談できるということも知れた。受刑者は制限が多いですが、制限よりも理解や尊重が私を成長させてくれたと思います」
日本の懲罰的な社会が、薬物依存症の治療や回復を遠ざけている
シンポジウム第二部では、依存症やDVなどの問題に長年取り組んできた原宿カウンセリングセンターの信田さよ子さんが、刑務所の職員や専門家が抱える課題を解説。

続いて映画監督の坂上香さんが登壇し、受刑者が塀の外の世界に触れられず、出所後の現実を想定しにくい刑務所の仕組みに問題があると指摘しました。

また、モデル事業にも関わったハームリダクション東京の共同代表・古藤吾郎さんが登壇。ハームリダクション東京では、「薬物をやめるかやめないかの2択ではなく、いま使用することがあるという視点で生活や健康、安心をサポートしたい」として薬物使用や市販薬・処方薬などをオーバードーズ(OD)する人たちが何でも話せるチャットを展開しています。
2024年の国連の発表によると、過去1年間にドラッグの使用があった人は2.9億人で、薬物依存症は6400万人。そのうち何かしら治療や回復支援を受けている人は9%で、11人に1人にとどまります。また地域別で見ると欧米に比べてアジアでは治療や回復支援の割合は著しく低く、さらに女性に限定すると1.9%で50人に1人となるそうです。

懲罰的な社会では「薬物を使用することがある人は悪者」というスティグマが強く、男性中心の社会では、女性のための支援が育ちにくく、女性は誰かに相談することが難しくなりやすいなどの課題があります。さらに治療や回復支援と育児や介護、仕事などとの両立はすごくハードルが高いもの。
「捕まって仕事も家族も失った状態でようやく治療につながるのはとても残酷だと思います。地域社会には気軽につながりたいと思えるハードルの低い支援が少なすぎる。それが1.9%という数字に表れているのだと思います」と、古藤さんは現状を語ります。
チャットでは利用者と(薬物使用やODを)「このくらいの量の薬で今日はしようと思っている」「いま1日3回だけど、2回にしても仕事できるかな」と気軽に話してもらえるそうです。また「ODをやめないから恋人から暴力を受けている」という女性や、「毎日仕事や育児に追われているけれども薬物を使用することでなんとか生きている」というシングルマザーも。
「逮捕されたことで治療や回復支援につながるかもしれませんが、だからと言って『やめたいなら捕まれば?』『刑務所にはこんな良い治療プログラムがあるよ』と促すことにはならないはずです。刑務所や刑事司法が変わるだけでなく、地域社会の中でこそ、薬物を使用することがある人が、自分たちのためにあると思えるような、安心して利用できる支援が幅広く存在していることが必要だと考えています。そうした支援は本人の尊厳を守る関わり方でなければいけないでしょう。私たちが実践している取り組みは政策に入らず公的予算がつかない事業なので、自分たちでお金を出してやっていくしかありません。ただ、薬物使用に関して先進的なことをしている国も最初はこういう活動から始まって変わっていったので、その歴史から学ぶことができます。これからも草の根の活動として続けていこうと思います」
合法薬物や市販薬によるオーバードーズも社会問題化
最後に、大嶋さんがモデル事業を通じて見えてきた今後の課題について語りました。
「実は違法薬物を使う女性は年々数が減っており、代わりに市販薬など合法薬物を使う若い女性が急増しています。自傷行為として合法薬物のオーバードーズで緊急搬送される若い女性たちも多いのが現状です。ただ違法でも合法でも薬物を使用しなければいけないプロセスや得たかった効果は共通しています。今後は違法薬物の依存症治療で培われた知見が、こうした女性たちの治療や回復支援の動きも活発化していくと思われます」
大嶋さんは、アルコール、処方薬・市販薬などの依存、過食、自傷等などのアディクション問題をもつ女性の回復をサポートするプログラム「SeRA」の作成に携わり、それを用いてグループワークを実践しています。
また薬物を辞められない人への支援として、働く場所や安心して住める安全な場所、相談先の提供をビジネスモデルとしたカフェ事業や、シェアハウスなどの新たなプロジェクトも構想。SVP東京2024年投資協働団体や、ソーシャルジャスティス基金2024助成先に採択されており、今後の動きにも注目が集まります。
「違法薬物は犯罪ですが、彼女たちが生きていくためにそのときに必要だったと考えると、使わなくても生きていける場所をつくらないと問題は解決できません。『犯罪だとわかっているけど助けてほしい』という女性たちが相談できる場所の重要性がもっと社会に理解されていく必要があります。これからもいろいろな活動を通して彼女たちの失われた尊厳を下支えできたらと思います」と、大嶋さんはシンポジウムを締めくくりました。