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ご当地名物・冷や汁も食べられる?宮崎刑務所の管理栄養士に聞く「ムショ飯」の実態

「刑務所ではどんな食事が提供されているんだろう?」と気になったことはありませんか?
『ムショ飯』『クサい飯』といった言葉があることから、マイナスイメージを持っている方が少なくないかもしれませんが、刑務所の食事は管理栄養士が毎食丁寧に献立を考えています。
「具体的にどんなメニューを受刑者は食べているのか?」
「食事に刑務所ならではの特徴はある?」
「刑務所の管理栄養士の仕事は特殊なものなのか?」
そんな疑問に答えるべく、刑務所で提供されている食事にまつわるさまざまな事情について、宮崎刑務所で働く勤続15年のベテラン管理栄養士さんにお話を伺いました。
<目次>
受刑者の給食の献立

刑務所の中で提供される食事は、単なる栄養補給ではなく、健康維持・秩序維持・人権尊重という複数の観点から、非常に重要な意味を持ちます。宮崎刑務所でも、受刑者一人ひとりの身体状況や作業内容に応じたカロリー設計が行われています。
個々に応じたカロリー計算
食事は大きく主食と副食に分かれており、主食はA食・B食・C食の3つの食区分を設け、ご飯の量などで摂取カロリーを調整しています。標準的なB食では1食280gのご飯が提供されますが、体格や作業量に応じてA食では344g、C食では約258gへと変更されます。女性受刑者及び少年はさらに別の基準で調整されます。
パンについては、A・B・C食ごとに以前は大きさの異なるコッペパンを用意していましたが、宮崎刑務所では去年から3枚入りの食パンに統一されました。食パンのカロリーがB食相当であるため、A食の不足分は朝夕のご飯で補うなど、トータルでのカロリー調整が欠かせません。なお、副食についてはA・B・C食共通で1,020kcalと決まっています。
宮崎刑務所ならではのメニュー
宮崎には、冷たい味噌仕立てのつゆにきゅうりやしそなどを加え、ご飯にかけて食べる「冷や汁」という郷土料理があります。食欲がない時でもすっきりと食べられることから、夏バテ対策の健康食としても親しまれている料理です。この冷や汁が、宮崎刑務所においても提供されています。他県出身の受刑者には馴染みがない料理かもしれませんが、毎年楽しみにしている受刑者も多いようです。
人気メニュー・不人気メニュー
宮崎刑務所では「嗜好調査」と呼ばれるアンケートで、受刑者から献立に対する感想や要望も拾い上げています。このアンケートからは、甘いものや揚げ物などの「がっつり系」のメニューが人気を集めていることが窺えます。具体的に、ぜんざい・金時豆・カレー・とんかつ・メンチカツなどが人気です。
そのほかに豆腐も人気の食材で、夏には冷奴、冬には湯豆腐で提供しています。湯豆腐・豚味噌(豚肉と味噌を炒め合わせた料理)・大学芋のセットが特に好評なのだとか。こうした季節感のあるメニューは食事にちょっとした楽しみをもたらしてくれるため、たとえば夏場には冷やしうどん・そうめん・冷やし中華などが多く登場します。一方で、野菜中心の煮物や炒め物など、いわゆる“健康的な料理”は、不人気な傾向にあります。
また、誕生月の受刑者にはババロアシュークリームが提供されています。さらに祝日にはお菓子が出ることもあり、食を通じた心のケアが意識されています。
刑務所の管理栄養士の仕事

管理栄養士の仕事といえば、献立作成や栄養指導を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、刑務所という特殊な環境では、それに加えて「安全」「公平性」「教育的視点」といった要素も欠かせません。
管理栄養士の1日の仕事のスケジュール
朝8時半に出勤し、午前中は業者から納品される食材の検品作業を行います。賞味期限や温度管理、数量チェックを細かく確認しながら、伝票の整理も同時に行います。合間で献立作成や発注作業も行い、10時半頃には受刑者が調理した食事が到着するので検食を実施します。
11時過ぎまでは納品物が到着するため慌ただしいですが、午後は比較的落ち着いた時間が流れ、献立作成や発注作業がメインになります。今回お話を伺った管理栄養士さんは非常勤勤務のため、週29時間以内で勤務しており、おおよそ16時頃に1日の業務が終了します。
献立作りで苦労すること
献立作成では、味だけでなく「見た目の公平性」にも気を配る必要があります。たとえば、同じ重さでも魚の切り身の部位によって大きさに差が出てしまうと、「不公平だ」との声が上がる恐れもあります。また、同一品目でも賞味期限が異なると、受刑者間のトラブルに発展する可能性があるため、提供前のチェック体制が欠かせません。
さらに、使用できる調味料や調理法にも制限があります。酒やみりんは使用できず、串揚げなどの料理も提供できません。串の部分が凶器になる可能性があるためです。また、休日には手間のかかる揚げ物や焼き物を出すことも難しく、刑務所ならではの制約といえます。
受刑者との接触について
刑務所の管理栄養士と聞くと、「受刑者と直接やり取りするのでは?」とイメージされるかもしれません。しかし実際には、受刑者とのコミュニケーションは厳しく制限されており、原則として会話は禁止されています。業務上どうしても必要な場合は、刑務官が間に入り、伝言形式でのやり取りが行われます。
管理栄養士が炊事場に入ることは基本的にありませんが、たとえば献立に「ラタトゥイユ」のようなやや手の込んだ料理が入る場合、調理担当の受刑者に正確な作り方を伝える必要があります。
その際には管理栄養士が炊事場に入り、近くで調理の様子を見ながら、刑務官を通じて「こうしてください」「それで大丈夫です」と指示を出します。受刑者からの質問も、刑務官経由で伝えられる形になります。
刑務所の管理栄養士になった理由

刑務所での勤務を始めたのは、転職活動中にたまたま目にした、宮崎刑務所の短期求人がきっかけだったといいます。刑務所という場所柄、少なからず抵抗感は抱いていたようですが、「1ヶ月だけなら」と思い切って飛び込んでみたのだそう。
1ヶ月経過後、派遣会社から「継続できますがどうしますか?」と聞かれた際、このまま続けてみようと思い、そこから早15年が経過して今に至っています。刑務所の管理栄養士として着実にキャリアを積み、受刑者の健康と食生活を支える存在として欠かせない役割を担っています。
刑務所で働き始めて気づいたこと
当初は「怖い場所かもしれない」という不安感を抱いており、未知の環境への戸惑いがあったようですが、実際に勤務を始めてみるとその印象は大きく変わったといいます。受刑者との接触は非常に限られており、調理も受刑者が炊事場で行うため、自身はレシピの作成や献立管理、発注などの業務に集中できる環境が整っています。
また、前述の通り受刑者とのやりとりも基本的には刑務官を通じて行われるため、心理的な負担やリスクは最小限に抑えられています。「思っていたよりずっと落ち着いた職場環境でした」と語るその言葉には、長年の現場経験を経た実感がにじみ出ていました。
普段の仕事の中で意識していること
食事は本来「楽しいもの」。そんな想いから、新メニューやご当地料理を積極的に取り入れるようにしているといいます。過去には宮崎名物の鶏の炭火焼きや、メヒカリの唐揚げなども試験的に導入。コストの問題で年に1〜2回しか提供できないものの、受刑者の反応は良く、やりがいにもつながっているとのことです。
最近では、所長の提案で「挟んで食べられる食パンメニュー」の考案を精力的に行っています。月に4回ほどあるパンの日には、工夫を凝らしたメニューを取り入れています。
今後やってみたいこと
食事は体の健康だけでなく、心の安定にもつながるもの。バランスの取れた日々の食事が、ひいては再犯防止につながっていってほしい。管理栄養士もまた、刑務所で働く職員の一員として、受刑者の更生を心から願っています。
受刑者一人ひとりが、社会復帰への一歩を踏み出すために。日々の献立に込められた、管理栄養士の静かな情熱が、今日も厨房の奥で息づいています。
<TEXT/小嶋麻莉恵>

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