「産休はわずか1週間。夜中に打ち合わせすることも」育児と仕事を両立する女性アニメーター・いとうまりこ氏が語る現場のリアル

椅子に座り、微笑みながら上を見つめるいとうまりこ氏

アニメ業界の厳しい労働環境は、長らく改善が求められてきました。なかでも、女性アニメーターが直面する「妊娠・出産・育児」と「仕事」の両立は、今も大きな課題です。

今回お話を伺ったのは、アニメーター兼漫画家として活躍し、4人の子どもを育てながら、仕事と家庭を両立してきた、いとうまりこ氏。自身の経験をもとに、業界の変化や現場で感じる課題、そして次世代の女性アニメーターへのメッセージを語っていただきました。

<目次>

育児とアニメ制作の両立

口元に手を当てながら考えるいとうまりこ氏

——今回はアニメーターの労働環境、特に女性アニメーターの育休や産休についてお話を伺えればと思います。まずは現在のお仕事の内容と働き方についてお聞かせいただけますか?

現在はアニメのサブキャラクターデザインと、漫画の連載を掛け持ちしています。アニメの仕事では、メインのキャラクターデザイナーができない部分を担当していて、責任が重くないので精神的に楽ですね。前まではメインキャラクターデザインをやりたかったのですが、今はサブキャラクターデザインの方がありがたいと感じています。本編の作業は非常に大変なので、今は基本的には受けていません。

メインのキャラクターデザイナーも他の仕事を掛け持ちしていたり、手の遅い方だと、作品に20~30人出てくるキャラクターを一人で担当するのが難しいんです。メインキャラクターは5~10人のデザイナーが担当し、それ以外のサブキャラクターや、メインキャラクターのパジャマ姿や、私服などの「洋服替え」のデザインを私が担当する形です。メインキャラクターデザイナーが忙しいと、グッズ用のイラストなども私が担当することもあります。

漫画は「憧れのアニメーターになったら超絶ブラックでした!」という作品を連載中で、月に16ページのネームと清書を担当しています。加えて、コミカライズ企画も進行中で、2週間に一度のペースで打ち合わせがあります。かなり多忙な日々を送っていますね。

——かなり多忙だと思いますが、育児との両立はどのようにされているのでしょうか?

5年前に夫が亡くなってから、4人の子どもたちをひとりで育てるワンオペ育児を続けてきました。夫は同じアニメ業界で働いていたこともあり、時間の調整がしやすく、2人で育児を分担できていたので助かっていました。しかし、突然ひとりになってしまい、当時まだ生後2週間だった末っ子を含む3人の子どもを、すべてひとりで育てることになったのです。

現在の夫は会社員で、平日は朝早く出勤し、帰宅は夜11時を過ぎることがほとんどです。そのため、平日の育児はほぼ私ひとりで担っています。仕事の納期が迫っている時は、上の娘たちに下の子の世話を任せて、私は深夜まで仕事に没頭することもありますね。

最近では、最も長いときで36時間ぶっ通しで仕事をしたこともありました。アニメーターは「終わるまで寝ちゃいけない」という意識が体に染み付いているんです。ただ、今年の6月からは夫の帰宅時間が早まり、夜7時半から8時の間には帰ってきてくれるようになったので、だいぶ楽になりました。お風呂を手伝ってくれるだけでも、精神的に助かっています。

女性アニメーターのキャリアと課題

顎に手を添えて考え込むいとうまりこ氏

——アニメ業界の労働環境は、昔と比べて変化していると感じますか?

はい、大きく変わりましたね。以前は土日や祝日関係なく仕事をしていましたし、制作側も空いている人がいればすぐに仕事を振ってくるような状況でした。子どもが生まれてからは、土日の仕事を断るようにしたのですが、それでも金曜日に仕事を渡されて「翌日に上げてくれ」と言われることもありました。

私自身、子どもが生まれる前は夜から朝まで仕事をする生活でしたが、子どもが生まれて強制的に朝型になりました。しかし、アニメ業界は夜が活発なので、夜中の1時に打ち合わせがあったり、夜7時を過ぎてからも制作さんから電話がかかってきたりすることもざらにありました。

子どもを寝かしつけている最中に電話がかかってきて、子どもが起きてしまうことも頻繁にありましたね。制作さんには「夜7時以降は電話しないでください」と伝えても、それでもまたかかってくるんです。

私が第一子を妊娠した頃は、まだ育児休業という制度が一般的ではなく、子どもを持つアニメーターに対する視線も厳しかったと感じます。当時、制作スタッフの多くは独身で、私がつわりで体調を崩しても、どこまで無理をさせていいのか判断に迷っていたのだと思います。

出産予定日まで仕事をして、産休はわずか1週間でした。産後1ヶ月で復帰し、赤ちゃんを抱っこしながら打ち合わせに行ったこともあります。誰も何も言わないので、当時はそれが普通だと思っていました。

フリーランスなので、働かないとお金がもらえないというのも大きかったです。正式な社員であれば手当があるようですが、当時のアニメーターはほとんどフリーランスだったので、そういった手当はありませんでした。だから、急いで復帰しなければと思っていました。

——キャリアと出産について、何か感じたことはありますか?

私が第一子を妊娠する前にキャラクターデザイナーに決まったのですが、それが大きかったですね。27歳の時にオーディションに受かって初めてキャラクターデザインを担当し、その3ヶ月後に妊娠しました。妊娠前にキャラクターデザインという肩書きがあったことで、出産して復帰する時もスムーズにキャラクターデザインの話をいただけました。

もし妊娠前にキャラクターデザイナーになっていなかったら、出産後に復帰してからキャラクターデザインの話をもらうのは難しかったのではないかと思います。出産すると仕事量が減ってしまうので、そこでプロデューサーや監督に評価してもらうのは、とてもハードルが高いと感じます。私はバリバリ働ける時期に評価を上げられたので、本当にあの時にキャラクターデザイナーになっていなかったら、どうなっていたか分からないですね。

——女性アニメーターのキャリアアップという点で、何か課題を感じることはありますか? 40代以上の女性アニメ制作者が急激に減るというデータもあります。

やはり妊娠・出産が影響していると思います。私がバリバリやっていた頃は男性監督が多かったですが、最近は女性監督も増えてきています。ただ、私がアニメ業界に入った頃は「アニメーターは貧乏」というイメージが強く、父親が娘に苦労させたくないという理由でアニメ業界に進ませたがらない、という話を聞いたこともあります。

また、昔は男性プロデューサーが「どうせ女を育てても結婚して辞めていくだろう」と言っていることもありました。実際に25、6歳くらいになると、将来を考えて辞めていく女性も多かったです。そういう風潮が、女性アニメーターのキャリアアップを阻害していた部分もあるかもしれません。

しかし、コロナ禍になってからは状況が大きく変わりました。みんな会社に行けなくなり、自宅で作業する人が圧倒的に増えたんです。デジタル化も進んだことで、自宅でもアニメ制作ができるようになり、打ち合わせもZoomでできるようになりました。会社にいなくても仕事ができるようになったことで、子育て中のアニメーターも働きやすくなったと感じています。最近では育児休暇を取る制作さんもいて、本当に良い時代になったなぁと思います。

——産休や制作現場の待遇改善について、何か希望はありますか?

はい、託児所があればありがたいですね。以前、私がいた会社でも、託児所を作ろうという話が出ていたのですが、結局実現しませんでした。保育園だと、少し熱があるだけでも帰されてしまうことがあるので、そういう時に託児所があれば助かるなと思います。

あとは、妊婦さんに優しい業界になってほしいです。妊娠するとどうしても仕事量が減ってしまいますが、その分、金額を下げないでほしいなと。妊娠したからといって、いきなり「来月からなし」と言われてしまうのはやはりひどい話です。妊娠中も継続的に、多少仕事量が減ってもお金を出してもらえて、復帰後もその会社でやってもらうための投資と考えてもらえると、復帰もしやすくなると思います。

他には、プロデューサーとの関係値も大きいですね。信頼関係が築けていれば、「伊藤さんだからいいですよ」と、多めにお金を払ってくれたり、作業していないのに払ってくれたりすることもあります。

ただ、そういった関係を築けていない人だと難しいので、子育てに対してもう少し寛容な環境になるといいなと思います。お金の面でも、子育てと仕事の信用を両立させるのはなかなか難しいので、コミュニケーション能力をフルに使って人間関係を良くしておくことが本当に大切です。

これからアニメ業界を目指す女性たち

椅子に座り、手を動かしながら話すいとうまりこ氏

——最後に、これからアニメ業界を目指す女性アニメーターの方々にメッセージをお願いします。

今はデジタル化が進んで孤立しやすい時代になっているので、意識的に人とコミュニケーションを取ることが大切です。会社に入ったら積極的に先輩に話しかけて技術を盗んだり、同期との横のつながりも将来的に心強い味方になるので、仲良くしておくことですね。

そして、これは女性に特化したアドバイスになってしまいますが、若いうちに恋愛もしておいた方がいいと思います。アニメーターになりたての20代前半の女性は一番モテる時期なんです。

ベテランの男性陣はシャイな方も多いので、女性の方から積極的に話しかけて、恋愛もして、将来の旦那様を見つけること。うまくいけば、夫婦でキャラクターデザイナーや監督といった「パワーカップル」として活躍することも可能です。私がそうでしたし、周りもうまいアニメーター同士がくっつく傾向にありました。

若いうちにしっかり人間関係を築き、恋愛もして、ある程度のビジョンを持って進まないと、あっという間に30代半ばになってしまいます。30代半ばからの結婚や出産は難しくなる可能性もありますので、20代のうちに将来のパートナーを見つけておくのが良いと思います。これは私が4人の子どもを産んで結婚生活を送ってきたうえでの実感ですね。

梅宮照之ライター

投稿者プロフィール

2000年生まれ。大学在学中にライター活動を開始。
横浜を拠点に新たなジャーナリズムの在り方を追求している。

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