小児期逆境体験または逆境的小児期体験(ACE)とは?子ども時代の体験が、大人になったときの心と体に影響

小児期逆境体験または逆境的小児期体験(ACE)とは?子ども時代の体験が、大人になったときの心と体に影響

「なんとなく生きづらい」
「対人関係がうまくいかない」
「原因のわからない体調不良を繰り返してしまう」

こういった悩みを抱えている方のなかに、小児期逆境体験または逆境的小児期体験(ACE:Adverse Childhood Experiences)と呼ばれる、子ども時代の体験が隠れている可能性があることが分かってきました。

この記事では、近年、児童精神科学や心理学の分野で非常に注目されているこの概念について、詳しく解説します。

小児期逆境体験または逆境的小児期体験(ACE)とは何か?

ACEスコアと生活習慣・嗜癖・疾病罹患リスクの関連

小児期逆境体験(ACE:エース)とは、子ども時代に経験した、虐待や機能不全家族との生活による困難な体験のことです。大切なのは、暴力などの明らかな虐待だけでなく、家庭環境の不安定さ(機能不全)も含まれるという点です。

具体的には、以下のような体験があげられます。

【小児期逆境体験(ACE)の例】
【小児期逆境体験(ACE)の例】

「虐待なんてなかった」と思っていても、ご両親の仲が悪かったり、誰かが精神的に不安定だったりする家庭で育った場合、知らず知らずのうちにACEを抱えている可能性があります。

心と脳への影響 ACE研究が明らかにしたこと

子ども時代の辛い体験は、単なる「嫌な記憶」として心に残るだけではありません。成長過程にある脳の発達そのものに影響を与えることが分かっています。

1990年代にアメリカで行われた、フェリッティ博士らによる有名な『ACE研究』があります。13,494人(回答者9,508人)を対象とした大規模な調査によると、ACEのスコア(該当する数)が高い人ほど、成人後の健康リスクが高くなることが分かりました。

具体的には、以下のようなリスクとの関連が指摘されています。

【ACEのスコアと生活習慣病・嗜好・疾病罹患リスクとの関連】

  • 高度な肥満1.6倍
  • 喫煙2.2倍
  • 休日に体を動かさない1.3倍
  • 年に2週間以上のうつ気分あり4.6倍
  • 自殺企図12.2倍
  • 自分がアルコール依存だと思う7.4倍
  • 薬物使用4.7倍
  • 薬物注射10.3倍
  • 性感染症2.5倍
  • 50人以上と性交渉あり3.2倍
  • 心筋梗塞2.2倍
  • 何らかの癌1.9倍
  • 脳卒中2.4倍
  • 慢性気管支炎または肺気腫3.9倍
  • 糖尿病1.6倍

ACEがこれほど広範囲に影響する理由は、強いストレスが脳の神経系にダメージを与えるためです。虐待のタイプやタイミングによって、脳の萎縮する場所や変化する部位は異なり、呈する精神症状もさまざまなことが分かっています。また、養育者との愛着(絆)形成にゆがみが生じ、大人になってからも人を信じられなくなったり、感情のコントロールが難しくなったりする(反応性愛着障害など)原因にもなるのが特徴です。

日本でも同様の傾向が見られています。ある児童精神科クリニックの平成26・27年度初診患者調査によると、患者さんの約6割に、何らかの家庭基盤の脆弱さが認められました(虐待20.9%、ひとり親家庭18.6%、保護者の被虐待歴15.8%、DV目撃13.0%など)。これは決して他人事ではない数字です。

大人になってからのメンタルヘルスとひきこもり

子ども時代の体験は、数十年後の社会生活にも影を落とします。これまでACE研究の多くは家庭内の問題に焦点を当ててきましたが、最近では学校での体験も重要視されています。

2023年に発表された、Wakutaらによる日本人成人4,000人を対象とした研究では、家庭内でのACEだけでなく、学校での逆境体験(いじめや教師からの体罰など)が、成人後のひきこもりのリスクと強く関連していることが明らかになりました。また、家庭と学校、どちらのACEも、大人になってからのうつ病や不安障害のリスクを高めることが確認されています。

学校関連の辛い体験(ACE)は、家庭内の問題よりも高頻度で発生している可能性があり、より注意が必要です。ACEによる影響は個人の苦しみにとどまらず、社会全体で見ても大きな損失(児童虐待による経済的損失は年間1.6兆円以上という試算もあります)を生んでいます。ACEがもたらす社会的損失は計り知れません。

【児童精神科医から】過去を知り、これからを生きやすくするために

「自分もそうかもしれない」と、不安になった方がいるかもしれません。しかし、どうか絶望しないでください。ACEについて知ることは、「もう手遅れだ」と諦めるためではありません。「自分の苦しみには正当なルーツ(理由)がある」と理解し、自分を責めるのをやめることが、治療と回復への第一歩なのです。

過去の事実は変えられませんが、影響から回復し、今の生活を穏やかにすることは可能です。たちばな台クリニックでは、ACEのような背景を持つ患者さんの心と体に、じっくりと寄り添う診療をしています。

「なんとなく調子が悪いけれど、こんなことで受診していいのかな」と思わず、一度ご相談ください。ひとりで抱え込まず、専門家と一緒に糸をほぐしていきましょう。

参考文献
1.厚生労働省.逆境的小児期体験が子どものこころの健康に及ぼす影響に関する研究
2.V J Felitti,R F Anda,D Nordenberg,et al. Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults. The Adverse Childhood Experiences (ACE) Study.Am J Prev Med.1998 May;14(4):245-58
3.藤澤隆史,島田浩二,滝口慎一郎,他.児童期逆境体験(ACE)が脳発達に及ぼす影響と養育者支援への展望.精神神経学雑誌2020;122:135-143
4.Manabu Wakuta, Tomoko Nishimura, Yuko Osuka,et al.Adverse childhood experiences: impacts on adult mental health and social withdrawal.Front Public Health.2023 Oct 26:11:1277766

秋谷進医師

投稿者プロフィール

小児科医・児童精神科医・救命救急士
たちばな台クリニック小児科勤務

1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。
金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。
専門は小児神経学、児童精神科学。

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