
中部矯正管区主催の矯正展が、名古屋市市政資料館で開催されました。企画展示のテーマは『どうなってるの?刑務所の衣食住』。
矯正展は、刑務所を「遠い世界」に閉じ込めるのではなく、「社会の延長」として捉え直す場です。犯罪が起きたあとの社会の仕組みを見つめ、「再び犯罪を起こさせない」ために、どのような現実的な手段が取られているのか。それを社会に知らせるのが矯正展の役割です。
<目次>
「私、受刑者と食事を作るの?」——黒栁桂子氏の講演が突きつけた現場
サブ会場の矯正研修所名古屋支所の体育館で開かれたのが、刑務所栄養士・黒栁桂子(くろやなぎけいこ)氏の講演です。
黒栁氏は、岡崎医療刑務所の給食を支える管理栄養士であり、『めざせ!ムショラン三ツ星 刑務所栄養士、今日も受刑者とクサくないメシ作ります』の著者でもあります。
椅子席は満席で、筆者も畳席に滑り込みました。

「まじめにおもしろく」をモットーとする氏の語りは、硬いテーマを扱いながらも、巧みに笑いを織り交ぜるのが特徴。「今日は1,000人も集まってくださってありがとうございます」と誇張して笑いを誘います。重い現実を扱いながらも、終始笑い声に包まれる会場。笑いは、刑務所を「異界」にしないための手綱でもあります。
岡崎医療刑務所とは
岡崎医療刑務所は、精神的な障害を抱える受刑者が収容される施設です。精神障害、知的障害、薬物依存など、社会がしばしば「見えない場所」に押しやりがちな人々を対象としています。
定員は257名。2012年頃は約210名いた収容者が、現在は大きく減って約60名(2026年1月時点)です。

黒柳氏が示した数字は具体的です。給食の予算は、1人当たり1日3食で、おかず450円、主食150円、合計600円。お菓子は68円。ほかに正月や季節行事用の予算が組まれているとはいえ、私たちが日常的に払う飲食代と比べれば、驚くほど限られた世界です。
ところで、刑務所の食事を「誰が作るか」ご存じでしょうか。実は、刑務所では受刑者自身が食事を作るのです。医療刑務所の場合は、食事担当の受刑者がローテーションで調理を担当します。ほかに掃除や洗濯を担当する受刑者もいます。
「『給食のおばさん』はいない」——採用後に知った現実
黒栁氏は、刑務所の食事は自分たち「給食のおばさん」が作るものだと思っていたそうです。しかし現場のプロは黒栁氏一人。自分の仕事内容に「受刑者に料理を教えること」が含まれることも、採用後に知ったといいます。
受刑者と横並びで料理することになるとは想像していなかったという黒栁氏。その驚きは想像に難くないでしょう。
刑務所の調理には制約があります。包丁の棚を開けるにも刑務官の許可が必要。アルコールは代用酒になり得るため出せない決まりです。おやつにも出せないものがあります。社会で当たり前の嗜好品が、刑務所では「別の意味」を帯びてしまう現実があるのです。
それでも、黒柳氏と共に調理を担当してその楽しさに目覚め、調理師免許を取得した受刑者もいるといいます。食を通じて「自分は役に立てる」「仕事として成立する」という感覚を得る受刑者もいます。しかし、社会復帰は簡単ではありません。ここに「矯正の現実」があります。
「廃棄飯で十分」——バッシングの言葉が暴くもの
黒栁氏の本が注目され、刑務所の食事が写真付きで報じられると、必ず出てくる言葉があります。
「受刑者なんて廃棄飯で十分」
「加害者保護より被害者保護だろう」
「悪いやつらのために税金を使うな」
それらは、被害者の苦しみへの共感と結びついた言葉です。

黒栁氏は反論します。「廃棄飯を食べてお腹が痛くなったらどうするのか」「60人分の廃棄飯をどうやって集めるのか」。感情論の先に、運用の現実があります。さらに黒柳氏は続けます。「栄養士として、給食が「おいしくない」「栄養だけ」なら「職務怠慢」だ」と。
「私たちの前には加害者しかいません。そして、私たちの仕事は二度と犯罪を起こさせないようにすることなのです」
被害者の苦しみは消えません。加害者への怒りも当然です。しかし、大多数の人は、被害者でも加害者でもありません。その「どちらでもない人々」が、加害者を貶め、「罰」として生活条件を悪化させれば、再犯防止は遠のきます。
結果として増えるのは、新たな被害者です。矯正を支えることは、加害者のためだけではないのです。矯正とは、「次の被害者を生まない」ために、社会全体の安全を守る行為だといえます。
そのためには、「受刑者の単調な毎日に、食事が小さな喜びとなることが必要なのだ」と黒栁氏は訴えます。だから彼女は今日も受刑者と一緒に「クサくないメシ」を作るのです。
「罪状は聞かない」——人を人として扱うための線引き
黒栁氏は、受刑者に罪状を聞かないと決めています。調べればわかるけれど、あえて調べません。仕事の場を「レッテルの場」にしないための線引きです。
玉ねぎを切って泣き、切り方が遅いと突っ込まれ、顔を描いたコーヒーゼリーに歓声を上げる受刑者の姿。そうしたエピソードは、受刑者を美化するためではなく、「受刑者も普通の人間である」という当たり前のことを取り戻すために語られます。
強面の受刑者の「先生が手間暇かけて俺らのためにやってくれてると思うだけで、よけいにうまかった」という言葉。そのひと言に、黒栁氏は抱きしめたくなったといいます。

更生とは、こういう瞬間に滲む「想像力の回復」なのかもしれません。他者の労力を想像できること。そこに、社会に戻るための最小条件があるのです。
もちろん、感謝ばかりではありません。アンケートに「ここの食事は豚のエサだ」と書く人もいるといいます。
黒栁氏は、「調理経験がある受刑者ほど大変さがわかり、感謝できる」と語ります。与えられるだけの環境は、人を幼児化させます。だからこそ「自分で作ること」が矯正の一部となるのです。
矯正が機能するかどうかは、現場の持続可能性にかかっています。黒栁氏の「まじめにおもしろく」というミッションは、感情のガス抜きではなく、現場を持続させる倫理なのです。
被害者の声を「制度」へ——心情等の聴取・伝達制度
ここからは市政資料館でおこなわれていた展示に話を移します。
会場では、2023年に始まった「刑の執行段階等における被害者等の心情等の聴取・伝達制度」が紹介されていました。被害者の「加害者に知ってほしい」という想いに応える制度です。

被害者本人や代理人、一定の親族等が申出でき、専任職員が心情を聴取して書面化し、加害者の面前で読み上げます。加害者側の発言を被害者に伝達することもでき、回数制限はありません。ただし、内容によっては伝達できない場合もあります。また、必ず職員が間に入ります。
制度に対する被害者の声も紹介されました。更生や賠償金の支払い計画の言葉が「心の回復につながった」という肯定的な声がある一方、「手紙が届かなかった、書類では感情が削がれる、肉声で伝えたい」という不満もあります。

この制度は万能ではありません。しかし、被害者の苦しみを「刑事裁判の終了」で終わらせず、矯正のプロセスに被害者心情を反映する点で重要です。被害者の声が制度の中でどのように扱われるべきか。加害者に何をどこまで伝えるべきか。心情と運用の両方を抱えた難題が、ようやく可視化され始めた段階なのです。
連鎖を断つために——「被害者をなくすには加害者をなくす」
制度の説明ブース担当の一人で、中部矯正管区の非常勤職員であり、一般社団法人愛知ハラスメント未然防止センター代表の津賀貴代氏にもお話を伺いました。
同センターの掲げる「被害者をなくすためにはまず加害者をなくす」というモットーは、耳当たりが良いだけの標語ではありません。いじめの背景に、家庭内暴力や職場いじめなどの「連鎖」の構図が見られることがあるといいます。もちろん、すべての事例がそうではありません。しかし、暴力が暴力を呼ぶ社会的回路は確かに存在するのです。
この視点は、刑務所を語る際にも重要です。加害者を「怪物」として隔離すれば、社会は一時的に安心した気持ちになれます。しかし、怪物化は、原因の分析も再発防止も阻害してしまいます。矯正とは、連鎖を断つための地道な社会工学なのです。
刑について知る——「刑事施設」「刑務作業」「拘禁刑」
会場にはほかにも、順番に読み進める解説が壁一面に張り出されていました。
「犯罪をするとどうなるの?」
最も基本的で、でも意外とわかっていないことについて解説されていました。

刑務作業についての解説。江戸時代に鬼平こと長谷川平蔵がはじめた人足寄場から、歴史的に学べます。


明治の五大監獄とは、明治時代に全国5か所に造られた監獄(刑務所)のこと。現在は名建築として保存されています。中央の写真は設計者の山下啓次郎氏。現在もいくつかの刑務所敷地内に正門が保存されています。

明治以来「懲役刑」「禁錮刑」の2本立てだった我が国の刑罰制度が、2025年6月に施行された「拘禁刑(こうきんけい)」によって1本化されました。

会場のさまざまな体験コーナー
矯正展では、「知る」ための入口がいくつも用意されていました。名古屋刑務所での食事を模した弁当や岡崎医療刑務所で大人気の極旨ドーナツは、筆者が体育館に到着するころには売り切れていました。
体育館——性格検査、バーチャル施設見学、ハーバリウム体験
体育館では矯正展名物の性格検査コーナーが人気です。20問の質問から5つの傾向を分析します。筆者も試し、「確かに当たっている」と感じました。

バーチャル施設見学では、子どもたちがタブレットで施設内を見ていました。刑務所を「怖い場所」ではなく、「社会の仕組み」として認識できる取り組みです。

岡崎医療刑務所で刑務作業として行われているハーバリウム体験も盛況で、親子連れなどが楽しそうに瓶に花を詰めてオイルに浮かべていました。


展示には、コンクールに入賞した受刑者の絵画や書のコーナーもありました。


市政資料館——制服体験コーナー、刑務所作業製品の販売
キッズ警察官制服体験コーナーでは、子どもたちが刑務官の制服を体験。幼児から10歳くらいまでが対象だそうです。

受刑者の部屋の再現コーナー。キッズ刑務官はここでキリッとポーズをとって記念撮影。

販売コーナーは非常に盛況でした。商品は売り切れ続出。写真は講演前に撮影したもの。講演前後で棚の景色が変わっていました。



「塀の中を覗いてみてほしい」——企画担当者が語った矯正展の意味
企画展示を担った中部矯正管区成人矯正第二課の前川允希氏は、矯正展は利益目的で物販をする催しではなく、矯正と社会とをつなぐ場だと語りました。また、刑務所作業製品が相場より安いのは材料費程度にとどめるためで、購入されることで、また新たな作業を生み出すことができます。
前川氏は、受刑者にとって「人との関わり」が重要だと言います。
2025年6月からは「拘禁刑」が施行され、刑務作業の位置づけが変わります。懲役刑受刑者の最後の一人が出所するまで、刑務所内では懲役刑受刑者と拘禁刑受刑者が混在します。ただし、「拘禁刑下」では、以下のように変わります。
- 職員と受刑者との「対話」を重視
- 刑罰そのものだった作業は「改善更生」と「社会復帰」に必要と認められる場合に行う
- 「作業」と「教育」を個々の特性に応じて実施
- 作業を実施する上で「なぜこの作業をするのか」「どのようにモチベーションを保つか」といったを職員と受刑者が共に考える
- 製品の購入者の声を受刑者にフィードバックする
このような取り組みにより、これまでの「言われたから作る」ではなく、自分の作った製品が「社会に出て人の手に渡る」ことを実感できるようになります。その結果、社会とのつながりも感じられるといいます。
長期刑の受刑者が刑務所内で高い技術を身につけても、簡単には出所できません(※)。よくいわれる「無期懲役も模範囚ならすぐ出られる」ほど単純ではないのだそうです。さらに刑務官の人手不足という現実もあります。矯正は、現場の人員と制度の体力がなければ続きません。
(※地域によっては、継承者がいない伝統工芸の技術を長期受刑者が身に付け、継承している施設もあるそうです)
名古屋市市政資料館について
名古屋市市政資料館は、国の重要文化財「旧名古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎」です。煉瓦造りの大正末期の建物を保存し公開しています。現在は、市の公文書館として市政資料を閲覧できます。

所在地
〒461-0011 名古屋市東区白壁一丁目3
交通手段
●地下鉄名城線「名古屋城」2番出口から東へ徒歩8分
●名鉄瀬戸線「東大手」から南へ徒歩5分
●市バス・メーグル「市政資料館南」から北へ徒歩5分
●市バス「清水口」から南西へ徒歩8分
●市バス「市役所」から東へ徒歩8分
TEL 052(953)0051
FAX 052(953)4398
入館料:無料
開館時間:9時~17時
休館日:月曜日(休日の場合は直後の平日)・第3木曜日(休日の場合は第4木曜日)・12月29日から1月3日
市政資料館のご案内(名古屋市公式サイト内)
https://www.city.nagoya.jp/kankou/rekishi/1004614/1004627/index.html

(取材・文・写真 / 陽菜ひよ子)
















-300x169.jpg)