
日本の模型業界に革命をもたらした伝説的経営者が静かにこの世を去りました。世界的模型メーカー・タミヤの田宮俊作会長が7月18日、90歳で亡くなりました。
静岡県出身の田宮俊作氏は、同社の前身企業時代からプラモデル開発の第一線に立ち、精密な造形技術と革新的なアイデアで業界をリードしてきました。
特に1980年代に爆発的人気を博したミニ四駆シリーズは、単なる玩具の域を超えて社会現象となり、世代を超えて愛され続けています。
訃報を受けて静岡市の同社本社には多くのファンが足を運び、追悼の意を表しています。幼少期から同氏と交流があった地元模型店経営者は「妥協を許さない職人気質と温かい人柄を併せ持つ稀有な人物だった」と振り返っています。
また、海外からの来訪者も「海外でも会社の製品は知られている。世界的な偉業を成し遂げたと思う」と敬意を示しました。
同氏の卓越した品質管理と独創性により、タミヤは「世界のタミヤ」として確固たる地位を築き、日本の模型文化を国際的に広める役割を果たしました。
田宮俊作氏の功績 日本発ブランドを世界標準に押し上げた生涯
1934年に静岡市で生を受けた田宮俊作氏は、早稲田大学卒業後の1958年に父親が創設した田宮商事へ入社し、その後の日本模型業界の発展を決定づける重要な役割を果たしました。
最も画期的だったのは、伝統的な木製模型からプラスチック素材への転換決断でした。この大胆な方向転換により、同社は欧米からの輸入品に対抗できる製品開発を実現し、1968年にはドイツのニュルンベルク国際玩具見本市への初参加を果たします。
以降51年間連続で同展示会に出展し続け、「品質世界一」の看板を掲げて国際市場での地位を確立しました。
田宮俊作氏の独創性は製品デザインにも発揮されました。小松崎茂氏や高荷義之氏といった日本を代表するイラストレーターと協力し、単なる商品パッケージを超越した芸術作品レベルの「ボックスアート」という新ジャンルを創出したのです。
また、地域経済への貢献も忘れてはなりません。静岡模型教材協同組合の理事長として毎年開催される静岡ホビーショーは、地元産業の活性化と模型文化の普及に大きく貢献しています。
田宮俊作氏が追求した「玩具」を超えた「模型」という思想は、現在活躍する多くの技術者やクリエイターの創造性の源泉となり、日本のものづくり精神を世界に発信し続けています。












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