大阪・関西万博で大量発生したユスリカが秘める「益虫」としての可能性とは?

2025年4月13日から始まった、大阪・関西万博。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに本年10月13日までの開催となっており、すでに多くの来場者でにぎわっています。しかし、華々しいパビリオンの影で、会場を訪れた来場者が小さな「ユスリカ」の大群から逃げ惑う様子も報じられました。

蚊のような形状をしているユスリカの大群は「万博の顔」とも言える大屋根リングの周辺を飛び回り、来場者の不快感を募らせる事態に。会場内の飲食店にもユスリカが侵入し、衛生的にも問題視されました。これを受け、万博協会は急遽対策本部を設置し、アース製薬に協力を要請するなど、対応に追われました。

夏になると外灯や自販機の周辺に大量発生することが多く、日頃から不快な虫として扱われるユスリカの中には、驚くべき生命力を秘めていたり、観賞魚や釣りの餌として広く流通していることはご存知でしょうか。環境への適応能力が高いユスリカは、実は人間にとって「益虫」とも言える昆虫なのです。

そこで、本記事ではユスリカの中でも、アフリカの半乾燥地帯に生息し驚異の生命力を誇る「ネムリユスリカ」の研究を行っている農研機構 生物機能利用研究部門の黄川田隆洋氏、そして釣り場の環境改善や魚を増やす活動などを全国で推進している公益財団法人日本釣振興会の事務局長 三村達矢氏、真島 茂 委員に釣り餌としてのユスリカについて取材しました。

<目次>

干からびても死なない!驚異の生命力を持つネムリユスリカ

農研機構 黄川田 隆洋 氏 (写真提供:農研機構)
農研機構 黄川田 隆洋 氏 (写真提供:農研機構)

ーーユスリカの一種である「ネムリユスリカ」をご研究されていると聞きました。どのような生態を持つ昆虫なのでしょうか。

ネムリユスリカは極度の乾燥状態になると仮死状態となり、水を与えれば再び活動を始める非常に特殊な水生昆虫です。代謝を完全に止めても生き延びる「乾眠」という能力を持ちます。

世界中に生息する400万種以上の昆虫の中でも、同じような生態を持つ昆虫は、ネムリユスリカの他に、現在のところ仲間であるマンダラネムリユスリカしか見つかっていません。幼虫から成虫に至るプロセスは、ユスリカを含む多くの昆虫(※)と同じです。ユスリカの成虫は口を持っていないため、幼虫時期にのみ有機物を食べています。

私たちはサハラ砂漠と熱帯雨林地帯に挟まれたアフリカの半乾燥地帯に生息しているネムリユスリカを研究対象としています。-270℃(ほぼ絶対零度)の液体ヘリウムの中で72時間、エタノールに漬けても生きられ、さらに放射線をヒトの致死線量の1,000倍以上浴びても死にません。乾燥状態と瑞々しい状態を可逆的に行き来できるため、アフリカの厳しい乾季と雨季を生き延びることが可能です。

1950年代から1960年代のはじめ頃までイギリスでネムリユスリカの研究がされていましたが、その後は現地へ採集に向かうことが困難だったこともあり、長い間追随する研究は行われていませんでした。その後日本へ研究再開のためネムリユスリカが持ち込まれ、10年かけて国内で飼育環境を整えたことから2000年に研究を再開できました。

(※)昆虫には、無変態(ふ化後、そのままの形で脱皮成長する)、不完全変態(ふ化後、幼生の時期を経て成虫に脱皮する)、完全変態(ふ化後、幼虫の時期を経て、蛹になり、その後成虫に脱皮する)がある。ユスリカを含むハエ目昆虫は、完全変態する昆虫の群。

ーー具体的な研究内容について教えてください。

乾眠状態のネムリユスリカ(写真提供:農研機構)
乾眠状態のネムリユスリカ(写真提供:農研機構)

ネムリユスリカ特有の「干からびても死なない」乾眠という特殊な生理状態のメカニズムを調べています。ヒトもそうですが、通常、生物は干からびたら細胞が死んでしまいます。ネムリユスリカを調べることで、冷蔵や冷凍技術を使わなくても、細胞が死なない方法を確立できる可能性があります。

現在の研究では、トレハロース(糖)が重要なカギを握っているとわかっています。ネムリユスリカの幼虫を水から出して乾燥ボックスに入れて48時間経過すると、呼吸も代謝も完全に止まります。体内の水はほぼ完全に失われるのですが、トレハロースが水の代わりになるようにして体重の20%に相当する量になるほど爆発的に作られて、体中隅々の組織へ行き渡るのです。

その後、体中に行き渡ったトレハロースは、急激な水分減少に伴ってガラスのようなカチコチの状態に変化します。それはまるで「固まった艶がある赤い飴」のように見えます。

本来、細胞が乾燥してしまうとタンパク質がの構造が大きく変化し、機能を失います。この構造変化を変性と言います。乾燥・熱・酸性などの状態で、タンパク質は簡単に変成します。例えば、ゆで卵は、卵のタンパク質が変性した状態です。普通、変性したタンパク質は、どんなことをしても元には戻りません。しかし、大量のトレハロースが存在すると、タンパク質は乾燥状態になっても変成しません。ネムリユスリカはトレハロースのおかげで復活できると考えられています。

ネムリユスリカの乾眠メカニズムを活かせば、ヒトなどの動物細胞を長期常温保存できる可能性があるのです。ただし、現時点で実用化には至ってはいません。トレハロース以外にも掴むべきメカニズムがネムリユスリカの中に眠っているため、研究を続けています。

ーーネムリユスリカ以外のユスリカも、ユニークな生態だそうですね。環境の変化が著しい地球において、ユスリカから学べることをお聞かせください。

ユスリカは生態系における「分解者」でもあります。富栄養化した湖で大発生することがあります。最近では、大阪・関西万博の会場で発生した事で有名になりました。ユスリカは汚れが溜まっている水の中にいる有機物も食べるため、水をきれいにする能力を持っています。

大量に発生し、光に誘引されるため、見ていてどうしても不快さを感じるのかもしれません。しかし、血を吸う蚊とは異なり、ウイルスなどを媒介することもありません。ユスリカの幼虫は観賞魚の餌や釣り餌としても流通していますし、実は私たちの生活を支える虫であるとも知ってほしいですね。

ユスリカは、ヒトが到底暮らせないような酸性の温泉や南極、ヒマラヤ山脈、さらには世界一深いことで知られるバイカル湖の底にも生きています。ネムリユスリカ以外のユスリカも驚異的な能力を持ち、驚くほど過酷な環境へも進出したのです。

ヒトは猛暑にクーラーをつけたり、避暑地に逃げて抗おうとしますよね。一方、ユスリカは、進化の過程で巧妙に過酷な環境に適応してきました。ユスリカはまさに地球と共存しています。環境変化が続く地球において、彼らの生理システムや生態を深く学んでいくことは、私たち自身が上手に地球と生きていく術を見つける可能性を秘めているのです。

ユスリカは生態系を支える大切な水生昆虫

公益財団法人日本釣振興会 事務局長 三村 達也 氏 (写真提供:公益財団法人日本釣振興会)
公益財団法人日本釣振興会 真嶋 茂 委員 (写真提供:公益財団法人日本釣振興会)

ユスリカの幼虫は赤い色をしているため「赤虫」とも呼ばれています。黄川田氏も触れたように、赤虫は釣り餌としても流通しています。そこで、次に釣りの振興や環境改善に取り組む公益財団法人日本釣振興会の事務局長・三村達矢氏と真嶋 茂委員に、釣り餌としてのユスリカについてを中心に詳しくお聞きしました。

ーーユスリカの幼虫の赤虫はどのような魚を釣る際の餌に活用されていますか。

真嶋氏:小さい魚を狙う際に使われていますね。戦前からポピュラーな釣り餌として使われていたようで、オイカワやマブナなどを釣る際に活用されています。赤虫や成虫のユスリカは川の中流域にいる魚の餌でもあるので、釣り餌としても食いつきがいいんです。

かつて赤虫は「おちょこ1杯、10円」などで販売されていました。生き餌として販売されていても結構長持ちするので安く、長く釣りが楽しめるんですよ。赤虫は小さいので、針に刺す時はつぶれてしまうことがあります。これから初めて使う方は、ぜひ慎重にチャレンジしてみてほしいです。

私が住んでいる長野県の諏訪湖を例にすると、かつて水質が良くない湖として知られていました。その頃は赤虫はもちろん、ユスリカの数は現在よりも圧倒的に多かったです。汚れた水にいる有機物を餌にしていたのでしょう。近年は水質は向上したのですが、その一方でユスリカは減少しています。

すると、餌が減ったせいなのか、漁獲量も落ちています。もちろん、水質と漁獲量の相関関係は慎重に調査を進めていく必要があります。

ーー水質がきれいなのに、魚が減ってしまうとは意外ですね

三村氏:釣り人は、”水辺の監視人”とも言われます。これまで全国の釣り人が「淡水魚が激減している」と感じていて、多くの声を寄せていただいていました。

私たちはさまざまな調査を実施していますが、近年「ネオニコチノイド」についての調査を進めています。昨年も全国300カ所以上で水質調査を実施しました。ネオニコチノイドは無味無臭の農薬であり、コメの農薬として知られています。水生昆虫を殺傷する能力が高い優れた農薬で、水質に含まれる濃度が高いとユスリカも減少することが判明しています。

淡水魚の激減の背景のひとつに、ネオニコチノイドによる水生昆虫の減少が起因している可能性があるのです。ユスリカは本当に小さい虫ですから、減少してもなかなか気づかれにくいですし、不快な昆虫と思われているため一般の方々に関心も持たれにくいのが実情です。

生態系を支える重要な昆虫であるため、ユスリカにも注目しながら当会でデータを蓄積したうえで、農林水産省などへ農薬による淡水魚の減少について、陳情活動も行っています。

ーー今後日本釣振興会としてはどのような活動を目指していくご予定ですか

三村氏: 肝心な魚がいなければ、釣りを楽しむことができません。魚を守ることは当会の使命であり、魚がいきいきと暮らせる環境を次世代につなげる活動も強化していきたいと考えています。水質検査や陳情活動だけでなく、稚魚放流などの活動も継続する予定です。

さらに、釣り場をめぐる環境改善にも力を入れていきます。釣り人のゴミ問題は社会的な課題となっており、釣りができる場所が減ってしまう大きな原因です。私たちは、釣り人のマナー向上を呼びかける啓発活動や、全国各地での清掃活動をこれまで以上に積極的に推進していきます。こうした活動をとおして、ユスリカをはじめとする水生昆虫が穏やかに暮らせる環境の整備にもつなげていきたいです。

大阪・関西万博をきっかけに、ユスリカが実は生態系を支えている大切な昆虫であると知ってほしいですね。釣りは自然と触れ合い、命の大切さを学ぶことができる貴重な体験です。釣りを楽しむすべての人が、いつまでも豊かな水辺環境を享受できるよう、これからも多角的な活動を展開してまいります。

岩田いく実ライター・インタビュアー

投稿者プロフィール

法テラス、法律事務所勤務後、法人事業としてライター業を展開。年間60人を超える弁護士・税理士を取材。2冊出版中:第一法規「弁護士のメンタルヘルスケアの心得」、自主出版「ルポ豊田商事」

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