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- 旭酒造が社名を「獺祭」に!ニューヨークでSAKEを造る酒蔵の軌跡と現在

日本酒の「獺祭(だっさい)」で知られる旭酒造株式会社が、社名を「株式会社 獺祭」に変更しました。社名を変更した理由は、世界市場への進出をより加速するためです。
2024年度に過去最高の売上高となる195億円に達した同社は、次なる目標として1,000億円を掲げています。2000年代から海外へ進出してきた「獺祭」の特徴と歩みについて、代表取締役社長である桜井一宏(さくらいかずひろ)氏に伺いました。
<目次>
杜氏に逃げられたことで実現した業界一の給与水準

獺祭のラインナップは、最高峰のランクに位置する純米大吟醸のみ。最高責任者である杜氏(とうじ)を置かずに、蔵人だけで生産を行う独自の体制を確立しました。獺祭が蔵人だけで酒を造る体制に変わっていったのは、1999年に経営危機へ陥ったことがきっかけでした。当時のことを桜井氏は振り返ります。
「当時造っていた日本酒は、“普通酒”と呼ばれるものが99%でした。生き残りのために酒の美味しさを改革することが必要で、そのために大吟醸に挑戦することになりましたが、普通酒とかける手間や技術の方向性も全く違うため杜氏のストレスも多かったと思います。そんな中地ビールに手を出して失敗したことがきっかけとなり、これまでに依頼していた杜氏と職人が来なくなりました」
そんな背景から社員のみで酒を造る形に変わっていったのですが、結果的に杜氏しか把握していなかった日本酒造りの工程や品質管理を紐解き、データを蓄積できるようになりました。その結果、社員である蔵人が日本酒を造れる環境が整っていきます。

一方で「杜氏がいない=機械がすべて作っている」と誤解されることもあります。しかし、獺祭の蔵では約200人の蔵人が働いており、人の手による繊細な作業が欠かせません。
社員のみで作っていく事で、品質の向上だけでなく酒造りの時期に関する柔軟性も産まれ、需要の増加に合わせて生産数量を増やすことが出来るようになりました。品質と数量の両方を追求していくことで右肩上がりに業績を伸ばしていきました。獺祭は会社を象徴するブランドとなり、若い世代の採用につながったといいます。
「会社の中核は若い世代の社員たちです。『獺祭』という日本酒に惹かれて入社した人も多いです」
そして、社員の給与水準を高めることに成功し、大卒初任給21万円だったところを2022年に9万円引き上げ初任給30万円を達成します。21万円という水準は当時の大卒新卒では平均的で、それを大きく上回る引き上げに成功。失敗を経験値として蓄積し、改善を繰り返す獺祭。データを活用しながら、人の手で作る日本酒にこだわり続けています。
年間1,000回のイベントを通じて世界で認知されるブランドへ

旭酒造から「株式会社 獺祭」に社名を変更する際、桜井氏は、家業の名前が消えることに複雑な思いがあったといいます。
「ファミリービジネスで、自分が四代目。旭酒造という名前がなくなるのか……という寂しさは正直ありました」
それでも、海外展開を進めるなかで「獺祭」というブランド名に統一することが不可欠と判断しました。旭酒造と名乗った場合、「他にも酒を造っているのでは」「売れなくなったら違うブランドに逃げるのでは」と誤解されるリスクがあったため、社名とブランド名を一致させたのです。
日本酒全体の国内市場は、過去20年間で50%以上も縮小しています。獺祭はこうした逆風のなかでも国内外でマーケットの拡大を狙い、その取り組みのひとつが、1年間にイベントを1,000回開催することです。百貨店の催事や飲食店とのコラボレーション企画、酒販店店頭での試飲など、地道な販促活動を重ねて新規ファンを開拓しています。
「もちろんイベントを増やすだけでは市場を作れるとは思っていません」と桜井氏。国内外の取引先の倉庫の温度を自ら確認したり、飲食店に足を運んで保管状況をチェックしたりと、細かな現場対応を欠かしません。こうした積み重ねが、獺祭のブランドを国内外で浸透させる力になっています。
“世界で通用する日本酒ブランド”を目指す獺祭が、社名の変更を機にどのように変化していくのでしょうか。今後の動向にも注目です。










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