クマはハチミツより肉を好む?アラスカの研究が示す“80%肉食”の衝撃

クマはハチミツより肉を好む?アラスカの研究が示す“80%肉食”の衝撃

東北地方や北陸、北海道を中心にクマによる人身被害が相次いでいる。2025年はクマ被害が深刻化し、4月から10月までに全国で195人がクマに襲われ、死者は過去最多の12人にのぼった。でも秋田県では56人、岩手県では43人が被害に遭っており、被害の増加は東北地方で突出している。

場合によっては愛らしい動物キャラクターとして描かれるクマだが、こうしたイメージは科学的な調査からも誤りだと指摘されている。一般にクマはハチミツやクリなどを好む雑食性の動物と認識されているが、実際には捕らえた子ジカをわずか40分で完食するほどの獰猛な肉食動物なのである。

<目次>

なんでも食べるクマの食生活の実態

クマの摂食行動の実態とは?

専門家によれば気候変動による山の幸の不作が、クマを人里へ向かわせる大きな要因となっているという。春先の高温や短い梅雨は、クマの主食であるブナやミズナラなどの実りに悪影響を及ぼしたことから、飢えたクマはエサを求めて人里や街に侵入してきているのだ。

人里に降りてきたクマは農作物ばかりを狙っているわけではない。養鶏場を襲ったり、場合によっては飼い犬や人間を捕食してもまったくおかしくはないことを認識しておくべきである。実際に今年も“人喰い熊”による人身被害が起きている。

クマは雑食性の動物として知られ、森の中で主に木の実などを食べているイメージが強いかもしれないが、実態は肉食獣に近い摂食行動であることが、かつての研究から報告されている。シカが多く生息するアラスカのヒグマはほぼ肉食である。

米アラスカ州の「アラスカ州魚類野生生物局(Alaska Department of Fish & Game)」とアラスカ大学の研究チームは、2017年に学術誌「Wildlife Society Bulletin」で、野生のクマの食生活を調査した研究結果を発表した。クマの首にビデオカメラとGPSを装着し、その映像と位置情報をもとに行動を記録・分析したもので、非常に興味深い内容となっている。

大型の肉食動物が、どれほどの獲物を捕らえて食べているのかを把握するのはきわめて難しい。これは、広大な行動圏を有する個体を長期間にわたり追跡し、詳細なデータを得ることが技術的にも労力的にも大きな負担を伴うためである。

アラスカのヒグマは、捕獲した成体のヘラジカを2、3日かけてゆっくり食べることもあるが、一方で子供のカリブーならわずか40分ほどで完食してしまう。捕食した獲物を一度に食べ切れない場合には、他の動物に奪われないよう、落ち葉や枯草で覆い隠す習性がある。

このため、1日2回の航空観察といった一般的な追跡手法では、クマの狩猟行動や摂食習慣の全体像を把握することは困難である。さらに、個体ごとの捕殺率(kill rate)を正確に検証することもできない。

アラスカのクマの食事は80%が肉食

カメラを内蔵した首輪でクマの捕食行動が明らかに

より正確な推定値を得るために、研究チームはアラスカ州のネルチナ川流域に生息するクマに、カメラとGPSトラッカーを内蔵した首輪を装着するという画期的な試みを行った。2011年から2013年にかけて、計17頭のクマに首輪を装着し、各年の5月中旬から6月下旬までの期間に、5〜15分ごとに10秒間の映像を撮影した。

一部の首輪が外れたり、故障によって正常に作動しなかったりしたため、最終的に録画データが得られたのは7台のカメラに限られた。それでも、合計3万6376本、100時間を超える動画クリップが記録され、十分な映像データが得られた。これらの映像をもとに、研究チームはクマの一日の行動を詳細に再現することができた。

生々しい摂食シーンの映像を注意深く分析することで、クマがこれまで考えられていたよりもはるかに多くのカリブーやヘラジカの幼獣(子ジカ)を捕食していることを突き止めた。植物は全体の20%にとどまっている。

分析に十分なデータが得られた7頭のヒグマのうち、4頭で成体のカリブーまたはヘラジカを捕食している様子が確認された。カメラ作動期間(5月15日〜6月17日)中における、ヒグマ1頭あたりの成体捕獲数の平均は1.4頭で、その内訳は以下の通りだ。

  • 成体のヘラジカ:0.6頭
  • 成体のカリブー:0.6頭
  • 種不明の成体有蹄類:0.2頭

同じ期間中、幼体の捕食はさらに顕著であり、1頭あたりの平均捕獲数は28.5頭にのぼった。

  • 子ヘラジカ:13.3頭
  • 子カリブー:11.9頭
  • 種不明の幼体有蹄類:3.3頭

観察期間中、クマは45日間で平均34.4頭の子ヘラジカおよび子カリブーを捕食していた。これは、これまでの航空観察を含む従来の研究に比べて、はるかに高い捕食率である。

たとえば、1988年にアラスカの別地域で実施された調査では、成体のクマ1頭が1年間に捕食すると推定された子ヘラジカの数は平均5.4頭だった。これに対し、今回の研究では1頭あたり平均13.3頭と、2倍以上の結果が得られている。クマは雑食性ではあるが、少なくともアラスカのクマの食事は80%が肉食なのである。

また、個体によって捕食数には大きな差があった。たとえば、あるクマは25日間で44頭の幼体を捕食したのに対し、別の個体は27日間でわずか7頭にとどまっていた。

静かに迫る野生の捕食者

クマは肉食獣でもある

クマが日々どの程度の野生動物を捕食しているかというデータは、野生生物の保全や管理において非常に重要である。とくに保護区における個体群管理では、「捕殺率」がしばしば指標として用いられている。たとえばクマによって有蹄類の幼体が過剰に捕食されている場合には、捕食者の一部を管理(選択的に間引くなど)することで、ヘラジカやカリブーの個体数を回復させる効果が期待できる。

逆に管理目標が、「特定の地域のクマの個体数を増やす」ことである場合、春に捕食動物の生存を支えるのに、十分な数の有蹄類の幼体がいるかどうかに注意を払うことが重要になる。

ヘラジカとカリブー以外にクマが摂食していたのはカンジキウサギ、ハクチョウなどである。また稀なケースとして、年長のオスが若いメスを捕殺・摂食する事例もあった。躊躇なく共食いをするクマは、状況によっては人間を捕食してもまったく不思議ではない。

大正時代に北海道で発生した「三毛別(さんけべつ)ヒグマ事件」は、日本におけるクマによる人身被害としては最悪の被害を出した事例とされている。北海道苫前村の2軒の農家がヒグマの襲撃を受け、胎児1人を含む7人が犠牲となり、さらに3人が重軽傷を負った。

2016年には、「ツキノワグマによる被害としては最悪」とされる事例が秋田県鹿角市で発生した。大型のオスグマを含むグループに襲われたとみられる4人が相次いで命を落とし、グループ内のメスグマの胃の内容物からは、人間のものと見られる肉片が発見された。

そして今年も、クマによる人的被害が各地で報告されている。クマは本来、木の実や昆虫などを主に食べる雑食性動物だが、状況によっては肉食行動を示すこともあり、十分な注意が必要である。人身被害のリスクについて、今一度冷静に確認し、適切な対策を講じることが求められる。

※研究論文
Determining kill rates of ungulate calves by brown bears using neck-mounted cameras

※参考記事
Bears are bigger killers than thought, gruesome video footage reveals

仲田しんじフリーライター

投稿者プロフィール

雑誌編集者などを経て1999年よりフリーライターとして活動。現在はweb媒体がメイン。サイエンスからオカルトまで幅広いテーマで執筆。ネット上の研究論文を読むのが趣味。大型自動二輪免許を持っている。

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