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- “マンゴー欲”が人間を進化させた? 人間が二足歩行になった意外な原動力に迫る

かつて人類の祖先は、豊かな自然の恵みを受けながら、飢えを知らない環境で暮らしていた。生きるために働く必要もない“楽園”のような世界で、何が進化のきっかけになったのか。長年の定説を揺るがす、新たな研究成果が明らかになっている。
<目次>
満たされた“楽園”の中で何が進化を促したのか?

今日の世界には80億人以上の人間が暮らしているが、この膨大な人口を支えているのが農業や畜産、漁業といった大規模な食料生産技術だ。食料生産が産業になっている以上、食べていくために我々はとりあえずは働くしかないわけだが、逆にほんのわずかな人口しかいなかった初期の人類は、木の実や貝など自然の恵みをたっぷりと享受していたに違いない。
それはまさに聖書で描かれている最初の人間たちが暮らしていた「エデンの園」のような楽園にも思えてくる。楽園は神話の世界の話だが、遠い昔の我々の祖先もまた楽園のような世界に生きていたであろうことは、野生の霊長類の暮らしぶりを見るなどしてみれば想像に難くない。
しかし食うに困らない満たされた楽園に甘んじていた我々の祖先は、どうやって進化したのだろうか。適応能力や生存能力を高めようとするモチベーションは、一体どこから生じてきたのか。
霊長類から初期人類への目に見える進化の1つに“二足歩行”があるが、食べ物が豊富な楽園の中で二足歩行の必要性がどうして生まれたのか。
現時点では、人類が二足歩行に進化した理由について、確立された定説は存在しない。しかし、最終氷河期後のアフリカで起きた気候変動により森林が後退し、草原が広がった結果、食料の運搬や長距離の移動において二足歩行が有利だったことが、有力な説として考えられている。つまり広大なサバンナを移動するには、二足歩行で駆け回る必要があったということになる。
祖先は樹上で二足歩行をマスターした!?

しかし最新の研究では、我々の祖先が二足歩行に進化したのは、長距離移動の必要からではなく、端的に言えば“食欲”に突き動かされた結果であると示唆されている。食料に恵まれた環境にありながらも、欲深い祖先はもっと美味しい果実やナッツを求めて森の中を移動し、後ろ足で立って背伸びをし、バランスを取りながら手を伸ばすことで、これまで届かなかった食べ物に手が届いた。その積み重ねが、やがて二足歩行へとつながったというのである。
東アフリカのタンザニアはトロピカルフルーツの名産地として知られ、マンゴー、パッションフルーツ、バナナ、パイナップルなど、年間を通してさまざまなフルーツが豊富に収穫される。市場では新鮮な果物が手頃な価格で並び、日常的に楽しまれている。そんなタンザニアに暮らしていた我々の祖先は、よりどりみどりのフルーツに囲まれていたことになる。
ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所の研究チームは、2025年7月に学術誌「Frontiers」で新たな成果を発表した。彼らは、タンザニア西部・タンガニーキア湖畔のイッサ渓谷に生息するチンパンジーの個体群を調査し、霊長類が二足歩行へと進化していく過程を検証したのである。
この地域は「回廊林(かいろうりん)」と、雨季と乾季がある「森林サバンナ」で構成されており、二足歩行の起源を研究するのに最適な場所である。研究チームは、まばらな森林に生育する樹木の果実を効率よく食べるために、チンパンジーが二足で立ち上がる場面が多いことを発見した。このような動きは、古代人類が直立歩行を進化させるうえで、重要な役割を果たしていた可能性がある。
「何十年もの間、二足歩行は樹上から降りてきて、開けたサバンナを歩く必要があったために生まれたと考えられてきました」と、本研究の筆頭著者であるリアナ・ドラモンド=クラーク氏はプレス声明で述べている。
「本研究は、大型の半樹上性類人猿にとって、開けた環境においてもなお、樹冠を安全かつ効率的に移動することが極めて重要であることを示しています。陸上ではなく樹上生活への適応は、人類系統の初期進化を形づくるうえで鍵となった可能性があります」
研究チームはイッサ渓谷に生息する成体のチンパンジーを観察し、森林地帯でどのような種類の木や果実を摂取しているかを調査した。その結果、チンパンジーは大きな木の上で最も多くの時間を過ごしていることが明らかになった。
さらに、広く開いた樹冠にある貴重な餌にたどり着くため、枝の上に立ち上がるといった行動も確認された。我々の祖先も、より美味しそうな果実を求めて、木の上で直立するようになっていったのかもしれない。
結果的に陸上を歩くことにもなったが、研究チームによれば、我々の祖先はまず樹上で二足歩行の動きを身につけていた可能性が高いという。
「類人猿の観察研究は、彼らが地上を数歩歩くことはできるものの、ほとんどの場合、樹上で二足歩行を行っていることを示しています。初期の人類も、バランスを保つために枝につかまることができるこの種の二足歩行を行っていたと考えるのは理にかなっています」
木の高いところにマンゴーのような美味しそうな果実があれば、二本の足で立って背伸びをして手を伸ばしたくもなるだろう。こうした動きを何度も繰り返すことで二足歩行に習熟したのだとしたら、もっと美味しいものが食べたいというグルメ欲の為せる業は偉大である。
二足歩行を決定づけた骨盤の変化

ドイツの生物学者エルンスト・ヘッケル(1834-1919)氏は、「個体発生は系統発生を繰り返す」と提唱し、生物の発生過程がその種の進化の歴史を短縮して繰り返すと説明している。そうだとすれば、人間の胎児の身体の発達に二足歩行への進化が繰り返されているのだろうか。
新たな研究では、胎児の成長を観察することで、二足歩行を可能にした骨盤の形態の進化的変化が明らかになったことが報告されている。
米ハーバード大学をはじめとする国際的研究チームは、2025年8月に学術誌「Nature」で、人類が二足歩行能力を発達させるうえで重要となる、直立姿勢を維持するための進化的変化を明らかにした。
研究チームは、胚および胎児の3D画像のデータセットを分析し、人間の骨盤上部にある腸骨(ちょうこつ)における、2つの大きな構造的変化を特定した。この変化によって、人間は安定した二足歩行が可能になったと考えられている。
第一に、ヒトの腸骨軟骨の成長板の向きが変化し、他の霊長類(およびマウス)に見られるものと比べて、垂直に位置することが観察された。第二に、骨形成のタイミングと方向に違いが見られ、腸骨における細胞の配置が、他の骨とは異なる様式で変化していることが明らかになった。
これら2つの変化は、組織レベルおよび遺伝子レベルで連動しており、人間の腸骨を霊長類の中でも特異な形状へと進化させた重要な発達的変化とされている。
「我々がここで行ったのは、人類の進化において完全なメカニズムの変化があったことを証明することです」と、論文の筆頭著者である、ハーバード大学人類進化生物学部教授のテレンス・カペリーニ氏は述べている。
このような顕著な身体的変化は、他の霊長類には見られず、ヒレから四肢への移行や、手からコウモリの翼への進化に匹敵するとされるほどの大きな転換である。腸骨における2つの構造的変化は、人類が安定した二足歩行を発達させるうえで重要な役割を果たしたと考えられている。
チンパンジーとホモ・サピエンスは遺伝的に90%台後半の高い類似性を持つが、腸骨に見られるこの決定的な違いが、人間の二足歩行を可能にし、最終的にはチンパンジーの約3倍にもなる大きな脳の発達へとつながったのだろう。
※研究論文(Frontiers)
Foraging strategy and tree structure as drivers of arboreality and suspensory behaviour in savannah-dwelling chimpanzees
※研究論文(Nature)
The evolution of hominin bipedalism in two steps
※参考記事
Humans Didn’t Evolve Two Legs to Run, Scientists Say—They Just Wanted Some Mangos


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