
「残業時間」は業界によって大きく異なります。
厚生労働省の最新調査によると、最も多い運輸・郵便業(19.8時間)と最も少ない宿泊・飲食サービス業(4.9時間)では約4倍もの開きがあります。
この差はなぜ生まれるのでしょうか。業界構造や人手不足、働き方改革の浸透度など、さまざまな要因が関係しています。
この記事では、残業時間から見える業界別の実態と課題、そして改善の取り組みに迫ります。
<目次>
最も働き方がハードな業界は?残業時間のランキング発表

長時間労働の改善が叫ばれるなか、「自分の業界は他と比べてどうなのか」と気になる方も多いのではないでしょうか。
厚生労働省の最新データを基に、業界別の残業時間をランキング形式で紹介します。
「毎月勤労統計調査 令和7年2月分結果確報」によると、全産業の月間平均所定外労働時間(残業時間)は9.8時間です。
これを業種別に見ると、最も長いのは「運輸業、郵便業」の19.8時間、最も短いのは「宿泊業、飲食サービス業」の4.9時間と、約4倍もの開きがあることがわかります。
【業界別残業時間ランキング】
順位 | 業界 | 残業時間(月間) | 前年同月比 |
1 | 運輸業、郵便業 | 19.8時間 | -9.2% |
2 | 電気・ガス・ 熱供給・水道業 | 16.0時間 | -2.4% |
3 | 情報通信業 | 15.7時間 | -1.9% |
4 | 建設業 | 13.8時間 | +2.9% |
5 | 製造業 | 13.7時間 | +3.0% |
6 | 学術研究、 専門・技術 サービス業 | 13.5時間 | -8.2% |
7 | 不動産業・ 物品賃貸業 | 12.3時間 | +2.5% |
8 | 金融業、保険業 | 11.3時間 | -5.8% |
9 | その他の サービス業 | 10.2時間 | -3.7% |
10 | 教育、学習支援業 | 10.0時間 | -14.5% |
11 | 複合サービス事業 | 7.5時間 | -10.7% |
12 | 卸売業、小売業 | 6.8時間 | -1.5% |
13 | 生活関連 サービス業、 娯楽業 | 6.1時間 | +10.9% |
14 | 医療、福祉 | 5.0時間 | 0.0% |
15 | 宿泊業、 飲食サービス業 | 4.9時間 | +4.3% |
※前年同月比は、前年同月との残業時間の増減率
運輸・郵便業が突出!月平均20時間近い残業の背景とは

最も残業時間が長い「運輸業、郵便業」は、全産業平均の約2倍である19.8時間の残業となっています。しかし、前年同月と比較すると9.2%の減少と大幅な改善が見られます。
これは、2024年4月から時間外労働の上限規制が運送業にも適用されたことが影響していると考えられます。
「毎月勤労統計調査 令和7年2月分結果確報」のデータを見ると、運輸業の「一般労働者」の残業時間は23.3時間です。ドライバーなどの慢性的な人手不足による長時間勤務が影響しており、EC市場の拡大による配送需要の増加と人材確保の難しさが、この業界の構造的な課題となっています。
公共インフラとIT業界も残業上位に!求められる高い専門性と技術力

ランキング2位の「電気・ガス・熱供給・水道業」(16.0時間)と3位の「情報通信業」(15.7時間)は、いずれも社会インフラを支える重要な業種です。
これらの業界は24時間365日の安定稼働が求められるため、システムトラブルや障害対応などの緊急対応が発生しやすく、結果として残業時間が長くなる傾向にあります。
「毎月勤労統計調査 令和6年分結果速報」では、情報通信業の残業時間は15.8時間で緩やかな減少傾向にありますが、依然として高水準を維持しているのが現状です。
ただし、クラウドサービスやコミュニケーションツールの普及により、リモートワークが定着しつつあり、働き方の柔軟性は向上しています。
建設・製造業も長時間労働の傾向|現場仕事の特性と効率化の課題

4位の「建設業」(13.8時間)は、現場の進捗状況に合わせて勤務時間が変動しやすく、天候によっても工期が左右される特性があります。また、熟練技術者の高齢化と若手の人材不足も深刻な問題です。
5位の「製造業」(13.7時間)も同様に、設備の稼働状況や受注量によって勤務時間が変動します。ただし製造業では、スマートファクトリー化や生産プロセスの自動化により業務効率化が進行しており、今後の残業時間削減が期待されています。
医療・福祉や宿泊・飲食は残業少なめ!シフト制の徹底と労働環境の違い

ランキングの下位に位置する「医療、福祉」(5.0時間)や「宿泊業、飲食サービス業」(4.9時間)は、残業時間が全産業平均の半分程度と少なくなっています。
「毎月勤労統計調査 令和7年2月分結果確報」で見ると、医療・福祉業界では交代制勤務が一般的であり、特に看護師や介護職員については勤務時間管理が厳格化されています。労働基準法の遵守が強く求められる業界であることも、残業時間が少ない要因の1つです。
「宿泊業、飲食サービス業」が残業時間最少となっている背景には、パートタイム労働者の比率が高く、シフト制が徹底されていることが挙げられます。ただし、人手不足を補うために多くの非正規雇用者でカバーするという構造的課題も抱えています。
労働時間と生産性の関係|残業が多い業界は非効率なのか?

残業時間が長ければ生産性が低いのかというと、必ずしもそうとは言い切れないことが最新データから見えてきます。「毎月勤労統計調査 令和7年2月分結果確報」と「生産性統計<産業別月次生産性統計>」を組み合わせて分析すると、興味深い結果が浮かび上がります。
例えば、残業時間が最も長い「運輸業、郵便業」(19.8時間)の労働生産性指数は114.0(2025年1月時点)と比較的高水準です。
これは物流の効率化や自動化投資により、長時間労働ながらも一定の生産性を維持していることを示しています。ただし、離職率は1.55%と平均よりやや高く、長時間労働が人材流出の一因となっている可能性があります。
一方で、意外な結果として、残業時間が最も少ない「宿泊業、飲食サービス業」(4.9時間)のうち、宿泊業の生産性指数は154.8と全業種中トップクラスです。
しかし離職率は4.23%と最も高く、シフト制の徹底により残業は抑えられているものの、労働環境や給与水準の問題から人材定着に課題を抱えていることが伺えます。
これらのデータから、単純に「残業が多い=非効率」とは言えないことがわかります。
働き方改革の進捗 〜法改正が残業時間削減を後押し〜

残業時間の全体的な減少傾向には、働き方改革関連法の段階的施行が大きく影響しています。2019年4月から始まった一連の改革は、働く人々が自分の事情に応じて多様で柔軟な働き方を選択できることを目指しており、残業時間削減はその中核的な取り組みとなっています。
「毎月勤労統計調査 令和7年2月分結果確報」のデータと厚生労働省の「働き方改革施策」を照らし合わせて、「残業削減が進む業界・進まない業界」の違いを見ていきましょう。
残業削減が進んでいる業界
【運輸業、郵便業】
- 前年同月比-9.2%と大幅減少
- 2024年4月からの時間外労働上限規制適用が強い影響
- 配送ルート最適化システムやデジタル技術導入の進展
【教育、学習支援業】
- 前年同月比-14.5%と最も大きな減少率
- オンライン授業やデジタル教材の活用による業務効率化
- 「教師の働き方改革」の推進による成果
【学術研究、専門・技術サービス業】
- 前年同月比-8.2%
- 高度プロフェッショナル制度や裁量労働制の活用
- リモートワークの定着による働き方の柔軟化
残業削減が進んでいない業界
【生活関連サービス業、娯楽業】
- 前年同月比+10.9%と最大の増加率
- コロナ禍からの需要回復に対して人材確保が追いつかない状況
- 特に美容関連や娯楽施設での人手不足が深刻
【製造業】
- 前年同月比+3.0%
- グローバル競争の激化による納期プレッシャー
- 熟練技術者の不足と技術継承の課題
【建設業】
- 前年同月比+2.9%
- 公共工事や防災関連事業の増加による業務量増大
- 2024年4月からの時間外労働上限規制適用の影響はこれから
「令和6年就労条件総合調査の概況」によると、勤務間インターバル制度の導入率はわずか5.7%にとどまり、「導入予定はなく、検討もしていない」企業が78.5%を占めています。
一方で、変形労働時間制を導入している企業は60.9%に上り、柔軟な働き方への移行は着実に進んでいます。
業界特性を理解し、働き方を選ぶ時代へ
残業時間の長短は、業界の特性や構造的な要因に左右される部分が大きいものの、働き方改革の進展によって全体としては減少傾向にあります。
転職や就職を考える際には、単に残業時間だけでなく、その業界の特性や企業の取り組み姿勢も考慮することが重要です。
「毎月勤労統計調査 令和7年2月分結果確報」のデータは、業界選択の1つの指標として活用できますが、同じ業界内でも企業によって大きな差があることにも留意すべきでしょう。
doda調査(2024年4~6月の平均残業時間)によると、職種別では「事務/アシスタント」(月平均14.3時間)が最も残業が少なく、「インフラコンサルタント」(同39.4時間)が最も多いという結果が出ています。
日本の残業文化は確実に変化しつつあります。今後も残業時間の推移を注視しながら、多角的な視点を持って働き方を選択することが大切です。