なぜ他者を巻き込む死を選ぶのか?”拡大自殺”から考える現代社会の闇

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近年、加害者が他者を殺害した後、自ら命を絶つ、いわゆる「拡大自殺」とみられる事件が全国で相次いでいます。被害者が家族や身近な人物であるケースが多く、時には職場や公共の場で多数の命を奪う大規模事件に発展することも…。

背景には、高齢化の進行、経済的困窮、精神的な追い詰め、さらには孤立化した人間関係など、現代社会が抱える複合的な問題が存在しています。

かつては「お金がほしくて殺人を犯した」などある種、動機が明確なものが多かった一方で、最近の事件報道を見ていると、「明確な動機がわからない」ものも多くあり、その背景に深く追ってみると「拡大自殺」であったなんてことも珍しくありません。

<目次>

「拡大自殺」とは?

事件現場イメージ

「拡大自殺」とは、加害者が他者を殺害したのち、自殺または自殺未遂に至るケースを指します。日本では古くから「心中」や「無理心中」といった言葉で報じられることもありますが、被害者が同意していたか否かによって性質は大きく異なります。

同意がない場合は殺人事件として処理され、社会的にも厳しい非難が向けられます。専門家の間では、近年この「同意なき拡大自殺」の件数が増加傾向にあると指摘されているのです。

拡大自殺が増加した背景

①介護疲れ

高齢化が急速に進む日本では、配偶者や親子間での介護負担が事件の引き金になることがあります。長期間の介護による心身の疲弊、将来への不安、経済的な負担が重なり、「自分が死ぬと同時に相手を苦しみから解放したい」という歪んだ感情が動機になり事件に至るケースです。地方都市や農村部での発生率が高いとされ、地域社会からの孤立も背景にあります。

②育児・家庭不和

乳幼児や児童を巻き込むケースも後を絶ちません。育児の孤立や夫婦間の不和、家庭内暴力が絡み、親が子を殺害したのち自ら命を絶つケースです。こうした事件は地域社会に強い衝撃を与え、行政機関、保育や児童相談所の役割、育児支援体制のあり方が改めて問われています。

③経済的困窮

リーマンショック以降、不安定雇用や低賃金による生活苦から、一家心中に至る構造が指摘されてきました。近年は新型コロナ禍による失業や収入減も影響し、住宅ローンや家賃の滞納、生活保護申請を前に「家族全員で死ぬしかない」と思い詰めるケースが報じられています。

④社会的な孤立

近年、地域や家庭、職場などあらゆる人間関係から切り離される「社会的孤立」も深刻な問題となっています。内閣府の調査によりますと、「相談できる人がいない」と回答した人は全世代で増加傾向にあり、特に単身高齢者や中高年の男性に多く見られます。

孤立状態では、問題を抱えても外部に助けを求めることが難しく、”心理的な追い詰め”が加速します。やがて「自分も周囲も救えない」という絶望感から、家族や身近な人物を巻き込む拡大自殺に至る場合があります。

拡大自殺の象徴的な事案と社会への衝撃

消防車イメージ画像

・京都アニメーション放火事件(2019年)

36人が犠牲となったこの事件は、拡大自殺の一形態とみられています。2019年7月18日、京都市伏見区の京都アニメーション第1スタジオで大規模な火災が起き、36人が命を落とし、32人が重軽傷を負いました。青葉真司被告が建物内にガソリンをまき、火をつけたとされています。

炎と煙に包まれた建物からは多くの人が逃げられず、犠牲者の中には将来有望なクリエイターたちが数多く含まれていました。事件は国内外に大きな衝撃を与え、世界中のアニメファンや関係者から追悼や支援の声が寄せられ、義援金は30億円を超えました。青葉被告は「小説を盗まれた」と動機を語りましたが、治療を経て逮捕され、2024年1月には死刑判決が言い渡されました。

この事件をきっかけに、日本では放火や不審者侵入を防ぐための防火・防犯対策が改めて見直されています。事件後、国内外で大きな衝撃と悲しみが広がり、公共施設や企業での防犯体制強化が進められました。

・大阪・北新地クリニック放火殺人事件(2021年)

大阪市の心療内科クリニックで26人が死亡しました。加害者は自身の診療予約日に放火を行い、その場で死亡しました。精神的孤立や生活不安が背景にあったとされ、医療機関の安全管理や患者対応の難しさが浮き彫りになりました。

加害者は過去に家族を皆殺しにしようと企てたものの失敗に終わり、殺人未遂で逮捕された過去がありました。その後、家族からは縁を切られ、社会的にも経済的にも困窮した末にクリニックの院長を含む、見ず知らずの他人(患者)を巻き込む形で、クリニックにガソリンをまき、放火殺人を敢行したのです。

この事件では、加害者の異常なまでの用意周到さや、事件をなんとしても完遂するという執念が世間を震撼させました。一方で、加害者の元同僚からは「真面目なやつだった」という証言もあり、その複雑な事件の背景にもスポットがあたりました。

必要なのは「やり直しのきく社会」

群衆・雑踏イメージ

拡大自殺は、単なる個人の衝動ではなく、社会の構造的な問題と密接に結びついています。介護や育児、経済的な困窮、精神的孤立といった要因を一人で抱え込むと、出口が見えなくなるのです。社会学者の山田昌弘・中央大学教授は、その背景に「日本が“やり直しのきかない社会”であること」があると指摘しています。

「多くの人にとって“普通の希望”とは、結婚して家族を持ち、それなりに豊かな生活を送ることです。しかし、どんなに努力してもそれが叶わないと分かった人は、将来に絶望してしまうのです」

格差の拡大も背景にあります。日本は一度失敗するとハンデが一生ついて回り、やり直しが難しい社会です。さらに「二世・三世社会」と呼ばれるように、親の豊かさや学歴が、子どもの人生を大きく左右する傾向も強まっています。制度的にも「新卒一括採用」などが残っていて、やり直しが難しい構造です。

では、なぜ一人で死ぬのではなく、他者を巻き込むのでしょうか。その背景には日本人の宗教意識の希薄さがあります。抑止力が働きにくい社会で、家族を持たない、あるいは家族から見放された人々は「最後に目立ちたい」「注目されたい」という心理に駆られます。

「海外では銃乱射のような事件も多いですが、日本は銃がない分、まだ被害は抑えられているとも言えます。ただし、絶望した人がいる限り、こうしたリスクは完全にはなくせません」と、山田教授は警鐘を鳴らします。

絶望に陥る人を減らすには、「やり直しのきく社会」にすることが不可欠だと、山田教授は訴えます。

「高度経済成長期の日本は、誰でも努力すれば結婚して家を買える見通しが持てる社会でした。しかし今は親が豊かでなければ結婚すら難しく、絶望する人が出るのは必然です。アメリカは格差が激しいですが、やり直せると思う人がまだ多いです。一方、日本は格差が比較的小さくても一度つまずけば戻りづらくなります。その違いこそが最大の問題です」

内閣府の調査では、生活困窮や介護負担を理由に「死にたい」と考えたことのある人が全国で数十万人にのぼると推計されています。事件の背後には「助けを求められなかった声」が潜んでおり、それを拾い上げる仕組みを社会全体で築くことが急務といえるでしょう。

神谷春記者

投稿者プロフィール

某民放局報道局にて事件事故を中心に取材。
特に安倍元首相銃撃事件や、大阪・北新地放火殺人事件などを精力的に取材。一方でG7サミットや五輪などの取材経験も。

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