医師の論文解説 運動による記憶力向上は少なくとも8週間続く

医師の論文解説 運動による記憶力向上は少なくとも8週間続く

私たちの記憶は、短時間保持される「短期記憶」と、生涯にわたって保持されることもある「長期記憶」に大別されます。なかでも、言葉で説明できるような記憶を長期間保つことは、学業や仕事の成果に直結します。先行研究では、運動が記憶力を高める効果は数日間とされてきましたが、より長期的な影響は十分に検証されていません。

北海道教育大学の森田憲輝氏ら研究チームが、運動の記憶に与える長期的な影響について、11カ月にわたる調査を実施しました。

【論文】運動がエピソード長期記憶に及ぼす影響の調査

Noriteru Morita, Toru Ishihara, Charles H Hillman,et al. Movement boosts memory: Investigating the effects of acute exercise on episodic long-term memory.J Sci Med Sport.2025 Mar;28(3):256-259

北海道教育大学の森田憲輝氏らによる、2025年3月、『Journal of Science and Medicine in Sport』における報告です。

【結論】少なくとも8週間にわたってエピソード記憶を思い出す能力を高める

1回の中強度の運動の長期記憶への影響について、11カ月間追跡調査しました。その結果、運動したグループは、安静にしていたグループと比較して、6週間後と8週間後において、より多くの単語を記憶していました。このことから、学習前の運動は、少なくとも8週間にわたってエピソード記憶(体験に基づいた記憶)を思い出す能力を高める効果があると考えられます。

1.対象

この研究の実施期間、研究参加者の詳細は、以下のとおりです。

  • 実施時期:2022年11月~2023年10月
  • 研究参加者:認知障害ではない健康な大学生(スポーツ科学専攻)51名(男性35/女性16名)のうち、想起テストを3回以上欠席した7名を除外した44名(男性29名/女性15名、平均年齢約20歳)

2.方法

参加者は、20分間のサイクリング運動(自転車エルゴメーター)条件と、安静に座って過ごす対照条件の両方を、順序をランダム化(バラバラに)して体験しました。運動は、参加者それぞれの心拍数に基づき、少し息がはずむくらいの中程度のきつさに設定されました。各条件の直後に行った記憶すべき課題として用いられたのは、日本語10語と中学校初級レベルの英語5語から成る、計15語の単語リストです。

運動をする日と、安静に過ごす日は、参加者ごとに数日間(平均6.3日)空けて、別々に実施しました。

ある参加者の介入状況は、以下のとおりです。

  • 月曜日に「運動+単語記憶A」を体験
  • 同じ参加者が、数日後、例えば金曜日に「安静+単語記憶B」を体験

単語の記憶がどれだけ保持されているかを評価する試験は、24時間後、4週後、6週後、8週後、そして11カ月後に行われました。追跡期間中の評価試験は、どちらの介入についても並行して実施するという形式です。この研究デザインが学習や記憶保持に影響を与えないことは、事前のパイロット実験で確認済みです。運動したときと安静にしたときで覚える単語を変えておけば、並行での評価が可能となります。

結果を分析したところ、課題直後の単語テストでは運動条件と対照条件の間にはっきりとした差は見られず、覚える段階での記憶力に違いはありませんでした。

その後、どれだけ記憶が残っているかを比べたところ、運動をした後の方が、6週後と8週後の時点において、より多くの単語を思い出すことができました。その一方で、24時間後、4週後、11カ月後の時点では、両条件間で統計的にはっきりとした差は確認されていません。

【考察】運動した夜に睡眠をしっかり取ると、睡眠中に脳状態が記憶処理するのに最適な状態になる

運動が長期記憶を向上させるメカニズムは、まだ完全には解明されていません。メカニズムの候補の一つとして、運動がドーパミンや神経細胞にとって有益に働く脳神経栄養因子(BDNF)のような、記憶の固定に重要な役割を果たす神経化学物質や成長因子の産生を増加させることが考えられます。また、別の可能性としてあげられているのは、運動した夜に睡眠をしっかり取ると、睡眠中に脳状態が記憶処理するのに最適な状態になり、記憶の整理・定着を助けるという、運動と睡眠の相乗効果です。

研究の限界としては、参加者が健康な大学生なこと、記憶向上効果がどの時点で消失するのかが特定できていない点長期記憶のうち個人の体験によるエピソード記憶についてのみ研究されている点があげられます。したがって、発達段階にある子どもたちに同じ効果が見られるか、今後さらなる研究が期待されます。

児童精神科医から

この研究は、1回の運動がもたらす記憶力向上効果が、少なくとも8週間後まで持続することを科学的に実証しました。このことから、運動が学業や仕事におけるパフォーマンスを高めるための、手軽で有効な手段となりうることを強く示唆しています。

この結果は、勉強に取り組む子どもにとって、心強い情報かもしれません。例えば、重要なテストを控えた子どもや受験生が、勉強を始める直前に20分ほど運動する習慣を取り入れるのはいかがでしょうか。運動の種類は、研究で採用されたサイクリングのほか、息がはずむ程度の軽いジョギング、室内でできるダンスなどでも良いでしょう。少し体を動かすことで、学習した内容が忘れにくくなる可能性があります。記憶力向上と心身の健康のために、試してみてはいかがでしょうか。

秋谷進医師

投稿者プロフィール

小児科医・児童精神科医・救命救急士
たちばな台クリニック小児科勤務

1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。
金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。
専門は小児神経学、児童精神科学。

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