「人を恐れないクマ」の時代が到来。2025年の異常な被害増加の背景とは

日本列島では今、クマによる出没と人身被害が前例のない水準で増加しており、「熊害(ゆうがい)」は社会的な脅威となっています。急速な少子高齢化、人口の都市への一極集中に伴う農山村からの人間の撤退に合わせ、クマ類の分布は拡大の一途を辿っており、特に2025年度(令和7年度)は記録的な被害数を更新。

これまで安全とされてきた人々の生活圏にまでクマが深く入り込む事態が頻発しています。なぜクマは人里に下りてくるのか、私たちはこの新たな脅威にどう立ち向かうべきなのか。最新データからその実態と対策を解説します。

<目次>

クマ出没件数の記録的な増加が示す危機

クマ出没件数は記録的な増加をしている
クマ出没件数は記録的な増加をしている

出没件数の増加

全国のクマ類(ヒグマ・ツキノワグマ)の出没件数は、近年増加傾向にありますが、特に2025年度(令和7年度)は危機的なペースで推移しています。

ツキノワグマの出没件数(北海道除く)は、2025年10月31日現在で20,792件に達し、これは2024年度の通年合計(20,513件)を既に上回る数値です。この過去に類を見ない出没ペースが、現在の危機的な状況を示しています。

また、北海道はヒグマの出没が顕著であり、2025年度は11月5日時点で4,755件に達し、これは過去最多を記録しました。このペースにより、全国推定合計の出没件数は2025年度に約25,000件超に達し、過去最悪のペースとなっています。

【ヒグマ目撃が過去最多4755件】「ヒグマ警報と注意報の運用基準があいまい」専門家から指摘…緊急銃猟や春期管理捕獲についても報告“ヒグマ保護管理検討会”で〈北海道札幌市〉【北海道ニュース UHB】

人身被害の増加

より深刻なのは、人身被害の状況です。

2023年度(令和5年度)の全国のクマ類による人身被害発生件数は198件で、被害者数は219人、うち死亡6人と、平成18年度以降最多を記録していました。

しかし、2025年度(令和7年度)の被害は、それを上回る異常事態となっています。2025年度(令和7年度)10月時点の推定被害者数は130人超となり、被害者数は過去の年間記録を超過する見込みです。

特に、死亡者数は14人という速報値が示されており、過去最悪の記録を更新する事態となっています。

2025年度の記録的被害増加の背景にある主な要因

2025年度の記録的被害増加の背景にある様々な問題
2025年度の記録的被害増加の背景にある様々な問題

なぜ、2025年度にこれほどまでにクマの出没と被害が激増したのでしょうか。その背景には、個体数の増加、環境の変化、そしてクマの行動様式の変質という複合的な要因があります。

ブナ科堅果類の「大凶作」

ミズナラはクマの貴重な食糧
ミズナラはクマの貴重な食糧

最大の要因として指摘されているのが、クマの主食となる山林の木の実の壊滅的な不作(凶作)です。

クマは冬眠に備え、秋に大量の餌(特にブナ科堅果類:ミズナラ(ドングリ)、ブナ、ナラなど)を食べる必要がありますが、2025年は広範囲でこの堅果類が不作となりました。

北海道の調査では、ミズナラは広範囲の9管内で凶作、道南のブナも凶作や不作でした。この実りの悪さにより、ヒグマは冬眠までの間、食物を求めて活動範囲を広げざるを得なくなり、これまで出没しなかった地域でも遭遇する可能性が高まっています。

東北地方(ツキノワグマ)令和5年(2023年)の東北地方では、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県のブナの開花・結実がすべて「大凶作」を記録しました。

この大凶作の影響により、東北地方のツキノワグマの出没件数は9月以降に急増し、10月には過去最多を記録しています。餌不足の結果、クマは生存本能から、より確実に餌を得られる人里へと接近しています。

個体数の増加と生息域の拡大

被害増加の根本には、クマの個体数増加と生息域の拡大があります。

北海道では、1990年に廃止された「春グマ駆除制度」以降、個体数が回復しました。道の算定によると、推定生息数は1990年度の5,200頭から、2020年度には11,700頭と約30年間でほぼ倍増しています。

ツキノワグマ全国的にクマ類は34都道府県に恒常的に分布し、四国を除くすべての地域で分布が拡大しています。低標高域での分布の拡大は、クマが人の生活圏に近づいていることを示しています。

さらに、クマの生息域が拡大し、「市街地の周辺で暮らすクマ」が増加した結果、農地だけでなく都市部への出没も増加しています。

「人を恐れないクマ」の出現と行動変容

近年報告されている被害事例の中には、従来のクマの行動とは異なる、極めて異質な傾向が見られます。

「令和グマ」の異常性80年間の新聞分析に基づき、最近のヒグマは「人間を食べるため」に住宅街に現れているという指摘があります。

市街地での襲撃北海道福島町で発生した新聞配達員の死亡事故では、事件現場はコンビニからわずか100メートルの住宅街でした。加害個体は以前から被害者男性をつけ狙っていた可能性が指摘され、明確に人間を喰うために山を下りてきたと分析されています。

全国的にも9月~12月のツキノワグマによる人身被害の発生場所は、約3割~6割が人家周辺であり、特に東北圏でその傾向が強いです。実際に野球の室内練習場に侵入したり、村役場に侵入する様子も見受けられ、日に日に熊と人との距離が近くなっているといえるでしょう。

記録的被害に対する対策と「猟友会」の課題

この記録的な危機に対し、行政は緊急対策を講じ、その最前線で活動を支えているのが猟友会組織です。

猟友会による緊急対応と連携

クマによる人身被害や出没が急増する中、危険個体の特定・捕獲や、出没エリアでのパトロールといった現場対応の多くは、各地域の猟友会(狩猟者)に依存しています。

しかし、クマにまつわる被害が増加傾向にある中、ハンターの不足や高齢化に金銭苦や銃の厳しい規制、動物愛護の観点による批判など、様々な苦境に立たされており、現場の対応力には限界が指摘されています。

また、2025年9月には積丹町(しゃこたんちょう)の猟友会のように、町議会の副議長の私有地に設置された箱わなで捕獲されたクマを巡り口論になるなど、猟友会への無理解による衝突も各地方で問題視されているのが現実です。

人口の少ない地域であっても、猟師が日夜パトロールや罠の設置、緊急時の駆除対応を行うことで、住民の安全を確保している「最後の砦」として猟友会が担う役割は、行政や専門家による対策計画において、今後も中心的な存在となるでしょう。

クマの接近情報が相次ぐ2025年度は、地元自治体と猟友会の連携強化、支援策の拡充が、一層焦点となっています。

捕獲数の増加と個体群管理計画

被害拡大を受け、許可捕獲数(被害防止目的での捕獲など)も過去最多水準となっています。

全国の捕獲傾向ツキノワグマの許可捕獲数は、平成28年度以降、以前と比較して顕著に増加しています。令和5年度(2023年度)のクマ類の許可捕獲数は、ヒグマ、ツキノワグマともに過去最多を記録しています。

『ヒグマやエゾシカによる農林業被害を考えるクマ・シカフォーラム』
(標津町取材)によると、ヒグマの推定生息数が倍増したことを踏まえ、2025年度から34年度までの10年間で、計1万2540頭を捕獲し、全道の生息数を8,200頭ほどに維持する計画を説明。

テクノロジーを活用した新しいクマ対策

ドローンといった最新テクノロジーを使用した対策
ドローンといった最新テクノロジーを使用した対策

現場の負担軽減と、クマと対峙しない安全な対応を実現するため、テクノロジーの導入も進んでいます。

ドローンによる調査・監視

山梨県市川三郷町では、河川敷のクマの生息調査に赤外線カメラを搭載したドローンが使用されました。

また、北海道ではドローンを活用してエゾシカをワナに追い込む事例などが報告されており、監視カメラやドローンといったIoT技術の低コスト化と普及が進んでいます。

2025年11月には、日本初となるクマよけスプレー搭載ドローンが開発されました。このドローンは、オペレーターがクマから安全な距離(約500m~1km)を保ったまま、上空から唐辛子スプレー(カプサイシン成分)を噴射することで、クマに強い不快刺激を与え、人里に近づかないよう学習させることが可能です。

これは、致死的な対応を避けつつ、現場要員の安全を確保する新しい選択肢として期待されています。

クマとの共存に向けた長期戦略と個人の備え

記録的な被害の背景には、クマの生息域と人の生活圏が重なっている現実があります。長期的な視点では、この境界を再構築する「ゾーニング管理」と、個人の徹底した自衛策が不可欠です。

ゾーニング管理の徹底

札幌市は、市民の安全を確保しつつ人とヒグマの共生を目指すため、「さっぽろヒグマ基本計画」を策定しています。

この計画のビジョンは「人は街で、ヒグマは森で。~すみ分けによる安全・安心な暮らしを目指して~」であり、ゾーニング管理という概念のもと、人の生活圏とクマの生息域を分けて管理することを目指しています。

このゾーニングを実現するため、以下の対策が強化されています。

1. 侵入抑制

電気柵の設置、草刈り、放棄された果樹の伐採、ごみの管理を徹底し、クマを市街地に寄せ付けない環境を創出します。

2. 重点エリアでの低密度化

札幌市は、メスのヒグマが定着している「ヒグマ対策重点エリア」(西区三角山から藻岩山周辺)を特定し、クマにとって居心地の悪い環境を創出し、低密度化を図ることで、人との接触リスクを低減する計画を進めています。

3. 移動ルートの遮断

2023年度の富山市の事例では、クマは森林から河畔林などの緑地を利用し、河川を伝って農地や市街地へ侵入していることが判明しています。

この移動ルートを特定し、人の生活域周辺部の林縁などで侵入を防ぐ対策が必要です。

日常生活における誘引防止策

クマを人里に誘引させない環境づくりが欠かせません。クマは嗅覚が非常に鋭いため、餌となるものを屋外に放置しないことが重要です。

ゴミ管理強い匂いの出る生ごみは、収集日まで必ず屋内または密閉容器に保管し、屋外に放置してはいけません。

農作物・果樹家庭菜園や畑の収穫物は外に放置せず、早期に回収も大切です。特に栗のように北海道で自生しておらず、クマの食料になるものは、民家に侵入してくる原因になりかねません。こまめに処理することで、クマの誘引源を断ちましょう。

野外活動時の注意山菜採りや釣りなど野外活動時には、クマ鈴やラジオなどで常に音を出し、人の存在を知らせることが重要です。

クマ遭遇時の正しい対処法

人身被害の多くは突然の遭遇によって起こります。万が一クマに遭遇した場合の行動が命運を分けます。

絶対に走らないヒグマに遭遇した際、背中を向けて走って逃げた結果、押し倒されて負傷した事例があるように、走ることはクマの捕食本能を刺激するため、絶対にしてはいけません。

静かに後退し、大声や急な動きを避け、クマを刺激せずに静かにその場から距離をとります。

防護装備の携帯山林に入る際は、滞在時間が短くてもクマ対策の装備を持参すべきです。特に、森林内で作業をする際は、致命傷になりやすい頭部を保護するためヘルメットを着用しましょう。

新しい時代の「熊害」と持続可能な対策

熊害は新たなフェーズへ
熊害は新たなフェーズへ

2025年度の記録的なクマ被害は、単なる一過性の問題ではなく、個体数増加、餌不足、そしてクマの行動変容が絡み合った新しいフェーズに入ったことを示しています。

この危機を乗り越えるためには、行政が推進するゾーニング管理や、北海道が掲げる個体数削減計画 といった長期的な視野に立った対策が求められ、それを支える各地の猟友会への支援強化は急務です。

さらに、ドローンを活用した監視や非致死的な対応など、最新技術を駆使して現場の安全と効率性を高めることが、持続可能なクマ対策の鍵となります。

私たちは「クマは森にいるもの」という従来の常識を捨て、誰もが当事者としての意識を持ち、日常生活からクマを誘引しない環境づくりを徹底し、遭遇時の正しい知識を身につけることが、人命を守るための最も重要な一歩となるでしょう。

※出典
【環境省】クマに関する各種情報・取組
https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/effort12.html

【環境省】クマ類の出没対応マニュアル
https://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs5-4a

【札幌市】さっぽろヒグマ基本計画
https://www.city.sapporo.jp/kurashi/animal/choju/kuma/housin/documents/1higumakeikaku2023_honsyo.pdf

翌檜 佑哉ライター

投稿者プロフィール

現地取材や専門家へのインタビューを重ね、一次情報に基づいた正確でわかりやすい記事を執筆。独自の視点から社会や地域の課題を取り上げる。

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