【児童精神科医が解説】発達障害を持つ子どもへの支援 日本とアメリカの違い

「【児童精神科医が解説】発達障害を持つ子どもへの支援 日本とアメリカの違い」ライター:秋谷進(東京西徳洲会病院小児医療センター)

突然ですが「ABA(エービーエー)」「IEP(アイイーピー)」という言葉をご存じでしょうか。
ABA、IEPとはそれぞれ、Applied Behavior Analysis(応用行動分析学)、Individual Educational Plan(個別教育計画)の略称のことです。

実はアメリカでは、子どもの発達状況や特性を丁寧に評価し、その結果をもとに教育方針を明確化することが一般的です。学校や専門家、保護者が一丸となって「この子には何の環境が必要なのか」を考え、見直しと改善を重ねていく流れが「当然」になってきています。

アメリカでは古く1987年から提唱され、自閉症の子どもをはじめ、幅広い発達障害に適応されています。

しかも、これは単なる「障害がある子どもだけ」の話ではありません。
発達に少しでも気になる点がある子にも適用される、より幅広いサポートシステムなのです。

一方、日本はどうでしょうか。
日本で同様の取り組みがまったくないわけではありませんが、アメリカほど一般化・制度化しているわけではありません。
そのため、アメリカでは当たり前のABA、IEPという考え方自体が、日本ではまだ十分に知られていないのです。

もっともっとABA、IEPの考え方が日本に広がれば、日本の発達支援の世界も変わるはず。

そこで、今回はアメリカでは主流になっている「ABA」「IEP」の考え方を分かりやすく紹介していきます。

ABA(応用行動分析学)とは?

ABA(Applied Behavior Analysis、応用行動分析学)は、自閉症や発達障害のある子どもたちの支援において効果的なアプローチとして、特にアメリカで広く採用されている手法のことです。

その特徴を端的にすると、以下の3つがあげられます。

  1. 目標は「本人がやりたいと思える行動の選択肢を増やしていくこと」である。
  2. 基本的に行動は個体と環境との相互作用によって生まれる。そのため、なぜその行動に至ったかの原因を環境の中から求めていく。
  3. 「障害」も個体と環境との相互作用の一種である。そのため、障害を減らしたり解消できるのも、環境が大切である。

ちょっと分かりにくいと思うので、具体例をあげて、より詳しく説明していきます。

基本的に人は、行動の直後に良いことがあったら同じ行動を繰り返しやすくなり、行動の直後に悪いことがあったら、その行動を避けようとします。

例えば、以下のような感じです。

  • 絵を書いたら、みんなや先生から「うまいね!」と褒められたから、一生懸命たくさん絵の練習をするようになった。
  • テストで100点とったらご褒美がもらえるから、勉強するようになった。
  • スマホ歩きしていたら、階段から転んで、スマホ歩きしなくなった。
  • 鍵を忘れて大変な目にあったから、鍵は常に持ち歩くようになった。

このようなことは、みなさんも経験があるでしょう。応用行動分析学の世界では、これを「強化」「弱化」といいます。そして、行動が起こった後に起こった「良いこと」「悪いこと」のことを「強化子」「弱化子」といいます。

そして、今行われている行動の裏にある「原因」をABC分析という3つの視点から、丁寧に紐解いていきます。

  • A(antecedent) :事前の出来事
  • B(behavior)   :行動
  • C(consequences):行動の結果

少し例を挙げてみましょう。

例えば、X君が授業中に突然席を出歩いて、教室から飛び出したとしましょう。

普通は授業中に教室から飛び出してはいけないため、当然先生はびっくりするはずです。

しかし、丁寧にX君をカウンセリングしてABC分析をすると、以下のようなことが分かりました。

  • A(事前の出来事): 隣の席の友達が大きな声で話していて気が散る。
  • B(行動): 席を立って廊下に出た。
  • C(結果): 静かな場所に移動できた。

もともとうるさいのが苦手なX君。席を立つ行動は、隣の友達の騒がしさ(A)が原因であり、静かな環境を得る(C)ことで強化されています。X君、同じように騒がしい状況が生じた際、また席を立つ可能性が高くなることが予想されるわけです。

もう1例みてみましょう。給食の時間、みんながいただきますをすると、突然Y君が泣き出します。普通は考えられないと思います。

しかし、丁寧にY君をカウンセリングしてABC分析をすると、以前に以下のようなことがあったと分かったのです。

  • A(事前の出来事): Y君の嫌いな食べ物が目の前に出された。
  • B(行動): 泣き出した。
  • C(結果): 以前、親がその食べ物を片付けてくれた。

この場合は、泣く行動は、嫌いな食べ物(A)がきっかけで起こり、親が片付ける(C)ことで強化されています。この場合、子どもは次回も嫌いな食べ物が出た際に泣く可能性が高まるといえます。その結果、給食の時間も泣き出すようになったというわけです。

このように、一見、突拍子もない子供の行動でもさまざまな「背景」があって行動が成り立っていることが分かります。

これが「行動は個体と環境との相互作用によって生まれる」という部分です。

では、行動を修正するにはどうすればよいでしょうか?

通常であれば、以下のような行動だけを修正しようとします。

  • 勝手に席をたって教室から出ていってはいけません。
  • 嫌いなもので泣くものではありません。

しかしどうでしょう。頭ごなしに「行動を改めなさい」といわれてX君やY君は納得するでしょうか?

応用行動分析学ではそうではありません。環境も変えていくのです。

例えば、X君の場合は「となりにうるさい子がいる」という環境が誘発させた結果になっています。そのため、もしかすると、「となりのうるさい子」と距離をとったり、うるさい子の事情も含めてきちんと話し合ったりすることが解決策になるかもしれません。

また、Y君の例でいうと「親が嫌いなものを片づけてしまう」という成功体験が強化体験になっていますので、「泣いたら解決する」と思わせず、嫌いな食べ物を少量にしてでも徐々に慣らすように促すようにした方が望ましいかもしれません。

もちろん学校のルールはルールなので、一緒に行動の指摘もすべきですが、環境とセットで考えることがポイントです。

このように、行動のひとつひとつには、それぞれで置かれている環境や個人の特性が大きく関わってきます。そのため、必要になってくるのが「IEP=Individual Educational Plan(個別教育計画)」です。

IEP(個別教育計画)とは?

IEP(個別教育計画)は、子ども一人ひとりに合わせた支援計画を策定することで、環境と行動の相互作用をより効果的に調整するための手法のことです。

「一人ひとり考えればいいんでしょ」と思うかもしれませんが、実はこれが難しいのです。

考えているつもりでも、結局自分の考えの枠組みだけで物事を判断しがちだからです。

そこで、IEPでは以下の3つの手順でマニュアルに沿えば、誰でも客観的に「個別化」できるよう、工夫されています。

①個別化された目標設定を行う

子どもの発達特性やニーズに基づき、具体的で測定可能な目標を設定します。

例えば、前述の例では「授業中の席を立つ頻度を月に1回以下にする」や「嫌いな食べ物を週に1回は一口試す」といった具合ですね。

ここでのポイントは

  • 達成可能な目標であること:例えば、全ての課題が「今すぐ直しなさい」では、出来ないことも含まれるので、どんな人でも難しいはずです。子どもの現在の能力や課題を明確にしながら「できる課題」を与えていく。
  • 長期および短期目標を設定する: :長期目標は1年後や数年後を見据えたもの、短期目標は3か月〜半年で達成可能な具体的な内容です。短期目標を階段状に達成したら、長期目標も達成できるように目標設定する。
  • 具体的な目標にする:なるべく数字を使うこともポイントです。「なるべく席をたたないようにする」ではなく、「席を立つ頻度を月1回以下にする」という感じ。

となります。

②多職種が協働して環境を整える

先ほど、行動自体を改めるのではなく、環境も一緒に整えてあげることが大切と説明しました。しかし、子どもがとりまく環境は決して学校だけの話ではありません。家庭環境や習い事の環境など、いろんな「環境」があります。

したがって、環境整備には多くの人の関わり合いが大切なのです。

また、環境を取り巻くすべての人たちが、行動分析を学んでいるわけでも、心のプロなわけでもありません。アドバイザーが必要ですし、心のケアを実際に行う人も必要でしょう。特に、発達障害とされている子どもたちにとっては、なおさらです。

そのため、教師、保護者、心理士、言語聴覚士、作業療法士など、さまざまな専門家が連携して計画を立てる必要があります。この協働作業が、子どもたちの支援を確実なものにするのです。

➂継続的なモニタリングと調整

計画をたてました。環境を子供たちのやりやすいように整備しました。
しかし、それだけでは足りません。
子どもの成長は連続です。どのように子どもたちが変わっていったのか、常に評価する必要があります。

どんな計画も「立てっぱなし」では成り立ちません。
作成した計画は定期的に見直し、必要に応じて目標や支援方法を柔軟に変更する必要があります。ときには、「この環境整備には少し不備がある」といったこともあるでしょう。

こうした継続的なモニタリングができるようなシステム作りが、子どもたちの支援には必要不可欠なのです。

このように、「個別化」といっても、いかにいろいろ考える必要があるのかが分かると思います。だからこそ、IEP(個別教育計画)を立てて、システム化することはとても大切なのです。

今の日本に必要なのは「ABA」と「IEP」

アメリカではABAとIEPが広く普及していますが、日本ではまだ十分に一般化されていないのが現状です。その主な課題として以下が挙げられます。

  1. 専門家の不足:ABAやIEPに精通した専門家が少なく、適切な支援が行き届かない場合がある。
  2. 教育現場での認知不足:ABAやIEPの重要性が教育現場で十分に理解されていないことがある。
  3. 制度的な支援の限界:日本の特別支援教育の枠組みでは、個別化が不十分なケースが多い。

今後、日本でもABAやIEPの考え方を広めるためには、以下の取り組みが必要です。

  • 専門家の育成プログラムを充実させる。
  • 保護者や教育者への啓発活動を強化する
  • 政府レベルで制度化を進める。

子供の教育って、今後の日本の未来を見据えるのにも必要なことだと思いませんか?まずは、ぜひ自分の子どもが「変な行動をした」と思ったら、頭ごなしに怒らないで「どうしてこんな行動をしたのか」、ABC分析してみてください。もしかすると新しい視点が得られるかもしれません。

参照:
諸外国における発達障害等の早期発見・早期支援の取り組み
自閉症スペクトラム障害児に対する 早期集中型の応用行動分析学的アプローチの実践

秋谷進医師

投稿者プロフィール

小児科医・児童精神科医・救命救急士
たちばな台クリニック小児科勤務

1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。
金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。
専門は小児神経学、児童精神科学。

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