【医師の論文解説】 空の旅の途中の体調不良はどのくらい起きている?

空の旅の途中の体調不良はどのくらい起きている?

一時期はコロナ禍で大きく減ってしまった、長距離フライトや国際便での旅客数ですが、コロナが落ち着いてくるに従い、その数はどんどん増え、2025年には約50億人の乗客が搭乗しています。そして、飛んでいる飛行機の中で健康的な問題が生じる「機内医療事象」が世界中で起きています。

飛行機の客室は医療設備が十分でなく、狭く、飛んでいるため病院などの医療機関にアクセスすることも困難であり、提供できる医療は限られています。そのため、急な旅客の体調不良に対してはどのように対応すべきなのかは重要な課題となっています。

これまで、機内医療事象がどのくらいの頻度で起こっているのか、それぞれの現場で旅客の体調不良に対してどのように対応されているのかと言った実態は十分な研究がない状態でした。そんな状態を改善するための研究を今回はご紹介いたします。

飛行機が離陸してから着陸するまでの間におけるいわゆる機内医療事象

機内医療事象とは飛行機が離陸してから着陸するまでの間、つまり空を飛んでいるときに起こる病気や怪我などの健康上の出来事のことです。

飛んでいる飛行機の中は、スペースもなく、医療資源もかなり限られていて、しかも病院などへのアクセスも容易ではないため、機内医療事象への対応は簡単ではありません。

機内医療事象には機内の医師や看護師などの医療者がボランティアで対応しているのが現状です。そんな中で、「どのくらいの頻度で医療事象が起きているのか」「どんな症状が多いのか」「どんな場合に飛行機が予定外の着陸をしているのか」「命に関わるような重大な機内医療事象はどのくらい起こっているのか」といった基本情報を事前に知っておくことで適切な対応シミュレーションすることが重要であると考えられました。

しかしこれまで、このような情報については、航空会社や地域によって、報告方法や調査方法が異なったり、データが限定的であったりと、世界規模での実態は明らかになっていませんでした。

今回の研究は、世界規模で機内医療事象のデータを明らかにすることを目的として実施されました。

論文

Paulo M Alves,Karan R Kumar,Justin Devlin,et al.In-Flight Medical Events on Commercial Airline Flights.JAMA Netw Open.2025 Sep 2;8(9):e2533934.

航空や海上など、遠隔地での医療、セキュリティ、渡航安全対策を専門とする企業である、アリゾナ州メデア社、Paulo M Alves氏らによる米国医師会(American Medical Association, AMA)が発行するJAMA誌における2025年9月の報告です。

2022年1月1日~2023年12月31日に起きた機内医療事象を解析

この研究は現実に起こった症例を多数集めてそれらを解析するという手法である、観察的コホート研究と呼ばれる方式で実施されました。2022年1月1日~2023年12月31日の間に、航空機運航中に発生して地上の医療支援センターに報告された77790件の医療事象が解析の対象になりました。

この研究には世界の主要な航空会社を含む84の航空会社、すなわち世界の商業航空交通の約31%が参加しました。収集データには症状、年齢・性別、医療対応の有無、飛行距離、飛行機の予定外着陸の有無、飛行中の死亡の有無といったものが含まれました。

これらの情報から、医療事象の発生頻度、医療事象が飛行機の予定外着陸につながったか、病院搬送が必要であったか、機内での死亡が発生したかといった項目を評価しました。

機内医療事象患者の中央値年齢は43歳、男性43%、女性55%

全体の機内医療事象の発生率は39件/100万人の割合でした。つまり100万人の乗客が飛行機に搭乗するごとに39件ということで、便数にするとおよそ、212便に1件の割合となります。

機内医療事象の患者の中央値年齢は43歳、男性43%、女性55%でした。予定外着陸は1330件で全体の1.7%でした。機内医療事象のうち予定外着陸は中央値年齢56歳、原因は神経学的疾患(40.7%)心血管疾患(26.9%)でした。特に脳卒中の疑いは予定外の着陸の原因となりやすく、続いて心筋梗塞などの急性心臓イベントや意識レベルの低下も予定外着陸の原因となりやすいものでした。

機内医療事象について、機内の医療対応についての分析について見ていくと、医療従事者(特に医師)がボランティアで対応に関わったケースは全体の33%で、医師が関与したケースは予定外の着陸につながる割合が高いという傾向が見られました。

病院への搬送は全体の7.7%で行われました。機内での死亡または着陸直後の死亡は全体の0.4%(312名)でした。死亡例の多くが心血管系の急性症状によるものでした。

機内医療事象の頻度が212便に1件の意味するもの

今回の研究で得られた機内医療事象の頻度(212便に1件)というのは従来の報告よりも高いものでした。機内医療事象は世界中の空の旅の中で日常的に起こっているということが示されました。機内医療事象に対してはさらに対策を進める必要がありそうです。

脳卒中(20.35倍)や急性心臓イベント(8.16倍)などの重篤な症状は、早期に医療体制の整った医療機関などを受診する必要があるため、予定外の着陸につながる確率が高いことがわかりました。

機内に医療の専門家がいるときに予定外の着陸の率が高いというのも注目すべきポイントです。これはより重篤なケースで医師が関与することが多いこと、医師や看護師などの医療に関わる人が関わることで、緊急着陸の必要性が見逃されないということが示されていると言えるでしょう。

総合的に、機内での応急処置や判断が迅速かつ適切に行われるように、航空会社や乗務員・地上の医療支援の連携がこれまで以上に重要であるということが示されたと言えるでしょう。また乗客自身も既往歴(いままでかかったことのある病気の履歴)や持病に応じた準備を検討しておくと安心です。

医師から

今回は、世界規模で大規模なデータを用いて機内医療事象の発生頻度・特徴・結果を明らかにする研究をご紹介しました。

子ども診療が専門の小児科医である筆者の所感では、航空機で遭遇した子どもの体調不良の多くは不安を契機にするものでした。多くの航空機は6歳から子どもだけでの搭乗は可能です。幼い子どもが不安を抱えて飛行機に搭乗しているのを見かけた際には航空機スタッフのみならず、大人が優しく見守る社会が必要だと考えます。

なお、今回の研究で得られた知見は航空会社の安全対策・乗務員教育・乗客の医療準備といった対策が進められることが望まれます。

秋谷進医師

投稿者プロフィール

小児科医・児童精神科医・救命救急士
たちばな台クリニック小児科勤務

1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。
金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。
専門は小児神経学、児童精神科学。

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