死んだら終わり?日本の死因究明の制度を考える

「死んだら終わり?日本の死因究明の制度を考える」ライター:秋谷進

人が亡くなった時にその死の原因を究明するために行われる死因究明。
この死因究明は死亡した人やその遺族だけでなく、国民全体の生活を守るために不可欠な情報をもたらしてくれます。

死んでしまった後に原因がわかっても仕方ない、亡くなった後にその人を切り刻むなんて・・とマイナスイメージを持たれがちな死後の解剖ですが、実は今を生きる我々にとって非常に重要な情報を多くもたらしてくれるのです。

今回は死因の解明の意義について解説するとともに、我が国の死因究明の制度の抱える問題点について解説していきます。

死因究明のための制度

この死因究明に関わる制度として監察医制度があります。
監察医とは自治体の知事が任命する医師であり、行政解剖を行う医師です。
この行政解剖というのは、死因がはっきりしないが犯罪性がないと判断される遺体
(自宅などでの突然死など)の死因を解明するために行う解剖のことです。

死因究明の解剖にはもう一つ司法解剖と呼ばれるものがあります。
こちらは犯罪に関連したと思われる遺体に対して行われる解剖で、大学の法医学教室が委託を受けて実施します。

行政解剖は死因の究明としての要素が強く、司法解剖は犯罪捜査の一環としての要素が強いと言えるでしょう。

監察医制度の意義とは

冒頭でも触れましたが監察医制度は亡くなった人やその家族のみならず、亡くなった人と直接関係のない人にも多くの意義があるものです。
監察医制度の意義について見ていきましょう。

まず、一つ目に正しい死因がわかることが犯罪の予防につながります。
遺産や保険金目当ての殺人などは表向き殺害されたとわからないように行われます。
一見事件性がないと思われ、司法解剖の対象外となった遺体でも行政解剖の結果殺害されたものとわかれば、犯罪の見逃しを防ぐことができるようになります。
事件と認識されていない殺人事件を炙り出すことができるのです。

もう一つの意義は正確な統計の作成が可能になるという点です。
死因が正しく究明されれば死亡統計を正確に取ることができます。
国民の健康や福祉に関わる政策などをきめるのに死亡統計は極めて重要なものです。

また、社会のあり方によって死因は変化していきます。
例えば、発展途上の国においては感染症が死因として多いですが、先進国では衛生環境が良くなり感染症での死亡は発展途上国と比較して少なくなり、癌など高齢者に多くなる疾患が増えたりしていきます。
さらに、高齢者が多くなることで家庭内での事故死などの数も増えていることがわかっているなど、死因を分析することでその国の抱えている社会的問題などを炙り出すことができるのです。

日本の監察医制度が抱える大きな問題点

ここまで監察医制度の意義などを説明していきましたが、実は我が国の監察医制度は大きな問題点を抱えています。

実は我が国で監察医制度は、東京23区、横浜、名古屋、大阪、神戸にしか置かれていないのです。
これらは人口上位の都市ですが、言い換えると人口上位以外の都市には監察医制度はないのです。

例えば、法医解剖が必要と考えても、子どもの場合には、保護者の同意が不要とは言え、心情的に難しいケースがあります。
もし、そのような流れで警察が法医解剖不要と判断すれば、病理解剖は保護者の同意が得られないので不可です。

また、予算には限りがあり、血液検査(1体3万円)やDNA検査(1体10万円)が容易に行えない現状もあります。
そして大学の法医学教室に、死因究明を依頼してもレポート作成に3か月程度要することがほとんどです。

このように、死因究明が何らかの理由で進まなかった場合に人の死が闇に葬られてしまう可能性があるのです。そのため法医学医は、「日本はまさしく死んだら終わりだ」と訴えています。

以下に、参考までに警察庁発表から各都道府県警察の死体取扱件数と解剖数及び解剖率を表に作成しました。各都道府県警察によってばらつきが多いことがわかります。

都道府県死体取扱数解剖総数解剖率
北海道763182110.8%
青森県209125312.1%
岩手県17301237.1%
宮城県310631010.0%
秋田県135715511.4%
山形県14541429.8%
福島県26871164.3%
東京都22188375416.9%
茨城県42512726.4%
栃木県30741434.7%
群馬県27481873.2%
埼玉県1016314414.3%
千葉県89683423.8%
神奈川県12377364029.4%
新潟県30301635.4%
山梨県1089777.1%
長野県23592159.1%
静岡県42802094.9%
富山県138520014.4%
石川県123814011.3%
福井県1164867.4%
岐阜県23771325.6%
愛知県76663514.6%
三重県25521425.6%
滋賀県16001509.4%
京都府28012258.0%
大阪府1337810437.8%
兵庫県5508184333.5%
奈良県185919410.4%
和歌山県143724316.9%
鳥取県875687.8%
島根県882849.5%
岡山県24301425.8%
広島県3135642.0%
山口県21231356.4%
徳島県949757.9%
香川県1420926.5%
愛媛県20111165.8%
高知県1196917.6%
福岡県56913546.2%
佐賀県1017818.0%
長崎県155420413.1%
熊本県23151355.8%
大分県1281514.0%
宮崎県1314866.5%
鹿児島県19141186.2%
沖縄県184143123.4%
合 計1694961833910.8%
表.都道府県別 警察死体取扱状況(警察庁刑事局捜査第一課/2020年度)

さて、病院外でなくなり死因が不明確な場合に、警察に報告され検視官による検視が行われます。

(検視:遺体を検察官やその代理人が捜査して犯罪性があるかどうか確認すること。検死はアメリカなどにおける検視と司法解剖までを含む用語で、別の言葉です。日本には検視の手続きがありますが検死にあたる法的な手続きはありません)

事件性があると判断されれば司法解剖に回ることになります。
監察医制度のない地域で、検視官が事件性なしと判断したら解剖はされず、明確な死因が明らかにならないままということになります。

この監察医制度の問題点が明るみにでた事例を見てみましょう。

2007年に相撲の時津風部屋で当時17歳だった力士が稽古中に死亡したという事件がありました。
この時、最初に搬送された病院では急性心不全と診断されています。
愛知県警は事件性なしと判断したため、司法解剖は行われませんでした。
遺体は新潟に住んでいた両親が引き取りましたが、我が子の死を不審に思ったため新潟県警に相談し、強い希望で地元の大学である新潟大学によって解剖が行われました。
その結果、当時17歳の力士の死は病死などではなく稽古中の激しい暴力が原因の死であるということがわかったのです。

我が国の監察医制度が全国にあればこのような見逃しは防げた可能性が高いと思われます。
救急搬送された病院で解剖を行わずに死因を解明することは非常に難しいと考えられ、同様の事件は実は日本全国で日々起こっている可能性があるのです。

監察医制度が整っていないために多くの命が奪われたと考えられる事案もあります。

1985年からの21年間で、パロマという会社の製造した湯沸器が原因となった事故が28件ありました。
この事故の原因は故障した湯沸器の不正改造によるもので、パロマ側はそれに気づいていながら、十分な周知行動を行いませんでした。
このことが明るみに出たのは2006年になってのことです。
1996年にマンションで死亡した男性の両親が2006年に再捜査を依頼して死因が一酸化炭素中毒によるものということが認識されたのです。
その後、パロマ製の湯沸器の不具合が原因の可能性があることがわかったのです。

もし監察医制度が十分に機能して始めの事故の時に死因が判明していたらのちに起こる多くの事故は防げたのです。
このように監察医制度の充実は我が国にとって大きな課題であると言えます。

まとめ

今回は死因究明の重要性を開解説し、それとともに我が国の監察医制度の抱える問題について解説していきました。
我が国の監察医制度を充実させることは、犯罪や事故で亡くなる人を減らしたり、国民の健康を守るためのデータをより正確に手に入れることができるなど多くの利益があります。
「死人に口無し」といいますが、口のない遺体の声を聞くことのできる監察医制度が我が国で十分に整備されることを願うばかりです。

■参考文献

1.厚生労働省「監察医制度の概要について」

2.厚生労働省「死因究明等の推進に関する参考資料」

3.警察庁「司法解剖の実施」

4.日経メディカル.時津風部屋「力士急死事件」から7年目の知らせ

5.日本経済新聞. 湯沸かし器事故、パロマ側に1億2千万円賠償命令

6.勝又義直.シンポジウム「日本における異状死体の取り扱いの現状と問 題 点」一特に監 察医制度のない地域を中心に一
 日法医誌 1991;45:34.

7.黒崎久仁彦.法医学者は変わり者?
 Journal of the Medical Society of Toho University 207;54:161-162.

8.黒澤寛史,有吉孝一,柳井真知ら.乳幼児突然死における剖検の有用性の検討
 日救急医会誌  2008;19:1085-94.

秋谷進医師

投稿者プロフィール

小児科医・児童精神科医・救命救急士
たちばな台クリニック小児科勤務

1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。
金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。
専門は小児神経学、児童精神科学。

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