外科の名医が遠い場所からロボットを使って、高度な技術をハイテクノロジーの力で誰でも簡単に享受できるのは、一昔前には考えられなかったことです。
しかし、そんな「医療の最先端」として注目されているロボット手術。
その背後には複雑な経済的側面が存在します。
高額な装置の購入から維持費用、さらには手術ロボットの国内外の価格差など。夢のようなテクノロジーを現実にするために様々な「お金のやりとり」があるのです。
今回、そんな夢のテクノロジー「ロボット手術」とその隠された経済的側面に焦点を当て、深く探っていきます。
ロボット手術とは?
その前に、みなさんはロボット手術のことをご存知でしょうか?
実はあまり馴染みも薄く「ロボットが手術するの?」と思われがちですが、そうではありません。
ロボット手術は、”外科医の操作に従って”内視鏡・メス・鉗子(かんし)を動かして行う内視鏡手術の一種で、「低侵襲ロボット支援手術」とも呼ばれます。
なので、あくまで操作するのは人間です。ロボットではありません。
しかし、細かい部分はロボットが補正してくれることもあります。
拡大して視野を広げて、手元で機器を操作し、それを手術に反映する。
これはまさしく、テレビゲームのように置き換えることができるようです。
実際、論文では、「SPLATOON 2」(任天堂株式会社)が上手な方は、気管支鏡の操作に長けている可能性があるとしたものが報告されています。
数あるなかで、最も使われているロボット手術の機械が「ダヴィンチシステム」です。
ダヴィンチは、アメリカのインテュイティヴ・サージカル社が開発した手術支援用ロボットです。
2000年に米国FDAの承認(日本では2009年に薬事承認)、現在第44世代の手術支援ロボットの「da Vinci Xi」が2014年FDA承認(日本では2015年に薬事承認)を得て、販売されています。
ダヴィンチは、3Dハイビジョンシステムの手術画像を提供し、人間の手の動きを正確に再現する装置です。
術者は、3D画像を見ながらコントローラーを操作することで、ロボットアームにその動きが伝わります。
微妙な「操作感」が伝わるため、まるで直接手術しているような臨場感が再現できるというわけです。
診療科 | ロボット支援手術が 保険適用となる術式 | 保険適応年度 |
泌尿器科 | 腹腔鏡下 前立腺悪性腫瘍手術 | 2012 |
腹腔鏡下腎悪性腫瘍手術 | 2016 | |
腹腔鏡下膀胱悪性腫瘍手術 | 2018 | |
腹腔鏡下腎盂形成手術 | 2020 | |
腹腔鏡下副腎摘出術 | 2022 | |
腹腔鏡下 副腎髄質腫瘍摘出術 | ||
腹腔鏡下尿管悪性腫瘍手術 | ||
消化器外科 | 腹腔鏡下食道悪性腫瘍手術 | 2018 |
腹腔鏡下胃切除術 | ||
腹腔鏡下噴門側胃切除術 | ||
腹腔鏡下胃全摘術 | ||
腹腔鏡下直腸切除・切断術 | ||
縦郭鏡下食道悪性腫瘍手術 | 2020 | |
腹腔鏡下 膵体尾部腫瘍切除術 | ||
腹腔鏡下膵頭部腫瘍切除術 | ||
腹腔鏡下総胆管拡張手術 | 2022 | |
腹腔鏡下肝切除術 | ||
腹腔鏡下 結腸悪性腫瘍切除術 | ||
呼吸器外科 | 胸腔鏡下縦郭悪性腫瘍手術 | 2018 |
胸腔鏡下縦郭良性腫瘍手術 | ||
胸腔鏡下肺悪性腫瘍手術 ※肺葉切除または 1肺葉を超えるもの | ||
胸腔鏡下拡大胸腺摘出術 ※重症筋無力症が対象 | 2020 | |
胸腔鏡下肺悪性腫瘍手術 ※区域切除 | ||
心臓血管外科 | 胸腔鏡下弁形成術 | 2018 |
婦人科 | 腹腔鏡下子宮悪性腫瘍手術 ※子宮体に限る | 2018 |
腹腔鏡下膣式子宮全摘術 | ||
腹腔鏡下仙骨膣固定術 | 2020 | |
耳鼻咽喉科 | 鏡視下咽頭悪性腫瘍手術 ※軟口蓋悪性腫瘍手術含む | 2022 |
鏡視下喉頭悪性腫瘍手術 |
ロボット手術のメリットは?
では、ロボット手術は他の手術と比べてどのようなメリットがあるのでしょうか。
例えば、以下のようなメリットがあるとされています。
今回は、ダヴィンチを例にとって解説します。
①ロボットアームを通じて、より精密な操作ができる
どうしても人間は、微細なことをするときに手ブレが出たり、手の大きさにより届かないところも出てきたりしてしまいます。
例えば、人間では手ブレや、1.00㎝手を動かそうとしても1.01㎝動いてしまうことがありますが、ロボットアームではそのようなミスを軽減できるのです。
一方、ダヴィンチの鉗子はリスト構造を持ち、人間の手より大きな可動域と手ぶれ補正機能を備えています。
さらに、ダヴィンチのアームは、手の大きさより非常に細く、人間の手では届きにくい部分も操作可能です。
そのため、慣れてきたら非常に繊細で緻密な手術操作が可能です。
②鮮明な3D画像によるリアル感とバーチャルな触覚
しかし、「実際の感覚と違いで操作ミスをするのでは?」と感じる人もいるでしょう。
まさにその通りで、人間は五感を使って物を知覚しているので、ロボット手術ではそれをサポートする「精密な知覚」が欠かせません。
そのひとつが、ズーム(拡大)可能な高画質で立体的な3Dハイビジョンシステムです。ロボット手術では、手術画像が提供され、術者と手術スタッフが同じ画像を共有できます。
また、触覚はありませんが、視覚から入ってくる情報が頭の中で変換されて触覚となります。
これを「バーチャルな触覚」と呼びます。
ロボット手術ではこうした知覚技術を通じて、リアル感を再現しているのです。
さらに、ロボット手術のカメラはある程度自由自在。
人間の目ではどうしても「上から見下ろす」ような視界になりがちですが、ロボット手術ではいろいろな角度からカメラを覗かせることができます。
そのため、場面によっては、より正確な知覚情報を得られることもあるでしょう。
③患者さんの体への負担を軽減できる
ここまで、術者側のメリットについて記載しましたが、ロボット手術は患者さんにもメリットがあります。
そのひとつが、切開部の小ささです。
通常、ロボット手術は体にいくつかの穴をあけて、そこから手術器具やカメラを出し入れする方法で手術を進めていきます。
そのため、術後のキズは開腹手術よりも小さくなるのです。
キズが小さいと当然術後の回復が早く、社会復帰が早くしやすくなります。
ロボット手術での「経済」…その裏側は?
ロボット手術には慣れが必要で、まだまだ改善の余地があるものの、将来的にはいくつかのメリットがあることはお伝えしました。
しかし、どんな医療行為も「善意」や「研究心」だけで成り立つわけではありません。当然、「経済的なメリット」も必要になりますよね。
では、どんな経済がロボット手術の水面下で動いているのか。
ちょっと覗いてみましょう。
まず、ロボット手術の保険点数について。
ロボット手術をするには設備投資が欠かせません。
後述するような購入費や維持費を含めて、いろいろな費用がかさみます。
そのため、ロボット手術を行うには保険点数が上乗せされてないと”見合わない”のです。
では、どれくらいの保険点数が上乗せされるのでしょう。
例えば、胃癌に対する
- 胃全摘術(胃を全部とること)
- 胃切除術(胃を一部分とること)
- 噴門側胃切除術(頭側だけ胃を半分近くとること)
について見てみると、2022年からロボット支援手術の各点数が上乗せされるようになりました。
具体的には、胃切除術では、腹腔鏡を用いた場合より9,470点高い7万3590点、噴門側胃切除術では4,270点高い8万点、胃全摘術では1万5,760点高い9万8,850点となります。
1点10円となるので、1回手術するごとに
- 胃切除をした場合、約95,000円
- 噴門側胃切除の場合、約43,000円
- 胃全摘術の場合、約158,000円
くらい、ロボット手術することでの”儲け”となりますね。
例えば、年間100例くらい手術するとしたら、100倍になるため、年間500万から1,000万くらいの儲けが想定されます。
ここまで書くと、すごい利益のように見えますよね。
しかし、実際の維持費・購入費を見るとそうともいえないことがわかります。
参照:日経メディカル「胃癌手術でのロボット使用で初の点数上乗せ」
のしかかる高額な「購入費」と「維持費」
ロボット手術の利益は何となく分かったと思いますが、どれくらいのコストがかかるのでしょう。
まずは装置のコスト。
購入価格ですが、ダヴィンチのフラッグシップモデルXiの場合は約2億5,000万円、廉価版のXでも約2億円かかります。
購入価格だけ考えても「何件手術すれば元がとれるの?」と考えてしまいますよね。
さらに、ロボット手術の維持費も驚愕。
購入後の維持費はXi、Xともに年間約1,000万〜2,000万円もかかるのです。
国内外の価格差も見ると、感慨深くなってしまいます。
実は、アメリカでの価格と日本の価格は大きく異なります。
アメリカでの販売価格は、Xiが1億5,000万円、Xが1億円ほどです。
国内価格には、輸入関税や人件費などのプレミアムが加算されており、日本ではなんと2倍の値段で売られているのです。
それだけではありません。
ダヴィンチは、米国の医療現場を想定して開発されたため、ロボットアームが大きく、日本の手術室では場所を取りすぎることが問題となる場合があります。
そのため、ロボット手術をおけるスペースなどを確保するために、手術室も改築するとなると、さらに費用がかさむことになるでしょう。
参照:日経BP「国産手術支援ロボット「hinotori」は、巨人「ダヴィンチ」を凌げるか?」
ロボット手術は「未来の手術」となりうるか?
このように考えると、ロボット手術はなかなか”採算が合いにくい”ことがわかります。
では、どうして日本がロボット手術を導入するのか?
それは「未来への投資」です。
今後、ロボット手術が外科のトレンドになっていく。
「ロボット手術ができる」というのは一種の広告塔になっているのです。
しかし、実際にロボット手術が「未来の手術」となるためには、技術、経済、制度、患者への利益など、多岐にわたる側面からの検討と改善が必要になるのはいうまでもありません。
特に経済面はすぐに解決すべき問題です。
ところが、この手術ロボット「ダヴィンチ」の特許切れで価格破壊が起きているのです。
ダヴィンチは、国内でおよそ400台以上稼働しています。
そして、株式会社メディカロイドから国産初の手術支援ロボット「hinotori(ヒノトリ)」が2015年から開発され、2020年に完成し、泌尿器科手術で保険適用。2022年12月1日からは、消化器外科と婦人科の手術にも保険適応が拡大されています。
2017年の調査では、呼吸器外科で行う手術は、全手術の約80%が胸腔鏡やロボットを用いた手術であるとの結果が出ています。
そして、一般的にダヴィンチ1台の価格は約2億5,000万円で、年間維持費が約2,000万円ほどであるといわれていますが、「hinotori」では60%程度に抑えられると報告されています。
「なんとなくロボット手術の方がかっこいいから」と考えず、実際の経済面にも想いを馳せてみるといいですね。
参考文献:
1.日本経済新聞. 手術ロボに価格破壊 「ダビンチ」特許切れで開発競争
2.福井高幸. 最近の呼吸器低侵襲手術.現代医学 2022;69:79-82
3.Song G, et al:Learning curve for robot-assisted lobectomy of lung cancer. J Thorac Dis 2019;11:2431-2437
4.日経メディカル.ロボット手術は「優越性」が認められる時代に
5.松山貴俊,絹笠祐介,徳永正則. ロボット支援下直腸手術の現状と未来. 日本大腸肛門病会誌 2019;72:567-574
6.Masafumi Shimoda, Yoshiaki Tanaka, Kozo Morimoto,et.al. Video gamers demonstrate superior bronchoscopy skills among beginners. Scientific reports. 2024 Jan 27;14(1);2290. pii: 2290