
精神障害を持つ受刑者に対する精神障害受刑者処遇・社会復帰支援モデル事業「札幌刑務所精神科リカバリーユニット(略称「PRUS」プラス/愛称「IPPO」いっぽ」)」。そこでは、従来の「懲罰」の枠を超え、社会復帰と再犯防止を目的とした新しい取り組みが行われています。
「最初から雑談で自分のことを話すのは、受刑者にとってハードルが高いんです」そう語るのは、札幌刑務所調査官の佐々木氏です。特にグループワークは、受刑者が自分の言葉で思いを語り、互いを理解し合う貴重な時間として機能しています。今回は、札幌刑務所で実際に行われていたグループワークを間近で取材しました。
<目次>
雑談から始まる「心の扉」

号令を聞き、椅子をもってスペースに移動。挨拶後、椅子に座り刑務所職員のトークが始まります。今回のグループワークでは、2つのグループに分かれて、「バイキングの話」と「旅行先での思い出」というテーマになりました。
司会進行の職員がMCのように話を回していき、それぞれのエピソードトークを順番に発表。受刑者になる前に言ったバイキング(食べ放題)のエピソードを楽しそうに話していました。

穏やかな雰囲気で、受刑者同士でも話をしていて、時折笑顔を見せる時もあり、想像以上に和気あいあいとした雰囲気です。グループワークではこのような日常的なテーマを取り上げ、「雑談」を通じて参加者の緊張をほぐし、相互理解の土台を築くために実施されています。
「いきなり支援の本題に入っても、心を閉ざしてしまいます。まずはリラックスした雰囲気をつくり、思ったことを自由に言える場を用意しています」と佐々木氏は言います。
普段は黙って作業に従事する時間が多いなか、グループで意見を交わす機会は今までは極めて稀でした。初めて参加する受刑者にとって、刑務所内で「自由に話す」こと自体が大きな挑戦です。

雑談の中で「自分はつい料理を取りすぎて残してしまう」「最初に大好きなものを全部食べる」といった失敗談も出ます。笑い合いながら、誰かの言葉に共感したり、新しい発見を共有したりすることで、自然と周囲との距離が縮まっていくのです。
「参加者の中には最初、言葉が出ず沈黙してしまう人もいますが、時間をかけることで少しずつ話し出す姿が見られます。振られても喋れない人は多い。話すという経験を通じて、自分の事を話せるようになるのが、心の扉を開く第一歩です」
小さな「変化」が積み重なる再生のプロセス

このグループワークの最大の目的は「受刑者自身の変化」です。話す回数を重ねると、最初は言葉に詰まっていた人でも、自分の考えを堂々と語れるようになります。刑務所内での孤立は再犯リスクを高める要因のひとつとされています。孤立を防ぐために、雑談を含むグループワークが効果を発揮しています。
過去の受刑者の中には「誰とも話したくない」と思っていたという方がいたそうです。それでも、グループワークを重ねるなかで、仲間と笑顔で話せるようになりました。社会性を身につける練習として、意識しているのは「強制しないこと」。話すテーマを一方的に押し付けず、メンバー自身が提案する自由な雰囲気を大切にしています。
たとえば「自分の子どもの頃の話」や「刑務所に入ったときの気持ち」など、本人が語りたいことを尊重します。それに加えて「社会復帰後に何をしたいか」という未来について語ることで、社会に戻ることへの意識が高まり、希望が芽生えていくのです。
地域社会で生活するうえで、他者と適切にコミュニケーションを取る力は不可欠。「ここで培った対話の力は、社会に戻った後の生活でも必ず役立つ」と、佐々木氏は話します。
「仲間ができると、人は変わります。仲間との対話を通じて、他者への配慮や尊重を学べる。配慮ができる人がいると、新しく入ってきた人も安心して話せる、見習いやすい雰囲気が生まれる。これで社会性を身につけられます」
「楽しい」と感じることを許容する。再犯防止への挑戦

モデル事業の大きな特徴は「楽しい」という感情を許容する点です。従来の刑務所は、厳格な規律と懲罰が中心で、「笑ってはいけない」「楽しいことを感じてはいけない」という暗黙の雰囲気がありましたが、今回の取り組みでは「楽しい」と感じることを通じて、人との関わり方や自分の感情を知る機会を大切にしています。
しかし、この対応を見て「刑罰が楽しいなんておかしい」という批判も出ています。外からは『自由すぎる』と誤解されがちな現状。実際には多くの制限の中で生活していると佐々木氏は説明します。
「刑罰を受けることは大前提です。ですが、刑罰だけでは再犯率が下がりませんでした。再犯率を下げるための試みとして、本人たちに楽しさや生きがいを感じてもらう。それで前向きになって、犯罪から足を洗えるようにこの取り組みがスタートしたのです」
受刑者は自由にインターネットを利用することや外出はできず、通信手段は許可された手紙や限られた電話のみ。食事内容や起床・就寝時間、日常行動にも細かいルールが設けられています。休日に「一日中寝ていたい」と思っても、それは決して許されません。
一般社会でなら特に気にせずにできる当たり前の自由。それが奪われているという事実は、中々社会からは見えにくいのが現状です。本当の目的は再犯を防ぎ、社会に戻った後も迷惑をかけずに生きていける人間に更正すること。
「罪を償うこと」と「社会復帰を支援すること」は対立する概念ではありません。むしろ、両立させる必要があるという強い信念が根底にあります。
「今の社会では、出所後に孤立して再犯につながるケースが多い。だからこそ、心を開く訓練が必要なんです」と、佐々木氏は強調しました。
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今回取材したグループワークは、受刑者が少しずつ心を開き、他者と関わる力を取り戻すための大切な場だと感じました。
何度も話題に出てきたのは、「人は孤独に弱い」「ただ厳しく罰するだけでは人は変わらない」ということです。本音を語り、笑顔を交わすグループワークの光景には、生きがいや前向きな感情で、前に歩き出してほしいという職員たちのメッセージが詰まっています。
刑務所は、かつてのような一切笑ってはいけない場所から、「法律的な責任を負う場所」と「社会での生活訓練の場所」という2つの側面を持つ場所に大きく転換している真っ最中で、社会の安全を守るためにも、再犯防止の取り組みは欠かせません。
刑務所の中で「楽しい」と感じる瞬間は、決して甘やかしではなく、社会復帰への重要な一歩なのです。








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