その日、私はとある駅のメンタルクリニックの前に佇んでいた。クリニックの自動ドアに書かれたひまわりのイラストが「どうぞ、お気軽にお入りください」と優しく語り掛けてくれているようだった。

ドアの前に置かれた案内パンフレットを手に取り、意を決して中に入ろうとした矢先、クリニックから人が出てくる気配がした。結局、パンフレットだけを手にしてその場を立ち去るという形で、十数分の逡巡はあっけなく幕を閉じた。

きっかけは、よくある「職場の人間関係」というやつだ。先輩からの厳しい「シドウ」に、生まれて初めて心身がすり減るという体験をした。上司に相談すると「僕もどうしたら良いか・・・」と関わりを恐れるような態度。同僚も、見えないところでは色々励ましてはくれたが、先輩の目が光る職場内では、孤独との戦いに耐えるしかなかった。

ご飯がおいしく食べられなくなり、朝が来るのが怖くなった頃、職場のパワハラ相談室に駆け込んだ。優しい相談員の方が私の話を聞きながらメモを取り、何度もうなずいて「しんどかったですね」と言ってくれた瞬間、ダムが決壊したように私は泣いた。

けれど、いざ具体的な対応に話が及ぶと、「こちらから上司の方にお話しをして・・・」と言われ、「それで埒が明かないから、ここに来ているんです」と心の中で呟き、それ以降、相談室のドアを叩くことはなかった。

クリニックの前を立ち去った後、私は駅から電車に乗った。ところが、思考回路がストップ寸前だった私は、家とは逆の、南に行く電車に乗っていた。途中で気付いたものの、下車する元気もなく、ただただ電車に揺られた。

約30分後、かつて働いていた職場があった駅に停車すると理由もなく降りた。慣れ親しんだ駅名が、ささやかな引力となったのかもしれない。そして、この駅で降りたことが、その後の私の毎日を変えることになる。

「なんば駅」。私が降りたこの駅は、大阪の中心部で、俗に「ミナミ」と呼ばれる繁華街が広がる。地下街を抜け、地上に出て数分歩く。すると、目の前で若いおにいさんが叫んでいた。

「もうすぐ公演はじまりまーす!残席、あとわずかですー!」

そこは、笑いの殿堂、「なんばグランド花月」だった。呼び込みのおにいさんと目があうと、一言、「笑っていってください」と満面の笑顔で言われた。もう、笑い方なんて忘れていた。この数か月、口角があがった日が何日あっただろう。吸い込まれるように、私はチケット売り場に向かった。

「カンサイ人って、土曜の昼は新喜劇見るんでしょ?」

「当たり前やん」

以前、東京の知り合いと、こんな会話をしたことがあったが、実際に、劇場に足を運んだのは初めてだった。幕が開く。最初は名前も知らない若手漫才師だった。声は聞こえるのに、なぜか話が右から左に流れていく。周りの人の笑い声が遠く聞こえるようだった。その後も、ピン芸人や落語家など、テレビで見るような顔ぶれが出てきたが、最前列に座っているのに、やはりボーっと眺めるだけの時間が流れた。

1時間近く経ち、トリを飾る女性漫才師が出てきた。彼女たちの番組は全て録画するほど好きだったのに、その頃、テレビを見る元気もなくなっていた私は、袖から登場する彼女たちを見て、嬉しいより「あぁ、久しぶり・・・」というくらいの感覚だった。

ところが、漫才が始まると聞き馴染みのある軽妙なやり取りは、私の耳を素通りすることなく、一言一句入ってきた。と同時に、温かいものが心にジワーっと染み出してきて、数分後、劇場の笑いの渦の中で、いつしか私は涙を流して笑っていた。

どんな漫才だったか、今、振り返っても思い出せない。覚えているのは、帰りの駅でクリニックのパンフレットを捨てたことと、飲んだコーラがたまらなく美味しかったことだけだ。

そして、翌日から、私は1つのチャレンジを開始した。それは、あの先輩に「笑顔」で挨拶すること。

思えば、目を合わす勇気すらなくなっていた私は、まともに顔を見て挨拶をしていなかったのだ。怯える自分から脱皮してやる。あの日、全身で笑いを浴びた私には、強力な何かが充電されていた。

数日間はスルーされた挨拶も、いつしか会釈だけはしてもらえるようになった。そして、数週間後には「おはようさん」の声が聞こえるようになり、数か月後、気付けば笑って雑談できる毎日が送れるようになっていた。

「笑顔は幸福の結果ではなく、幸福の因である」という言葉を聞いたことがある。あの日の漫才は、自分の中に幸せの種があることを教えてくれた。

もちろん、この先、全ての悩みが「笑いで解決する」なんて思ってはいない。しかし、自分の中に、自分が思ってもみない力があることを知ったという経験は、間違いなく、一生の財産だ。

今日も、大好きなあの漫才コンビがテレビの中で弾丸トークを繰り広げている。それを、ケーキを食べながらお腹を抱えて笑って見ている私がいる。あぁ、なんて素敵な日だ。

ライター名:安部ぱんだ

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