「漆原さん、私が貴女を誰にも文句言わせない接客スキルを付けさせるから」

私が15年以上パートとして働いていた、ファーストフード店の先輩の言葉だ。私は彼女が居たから仕事を続けられ、店内一の店員になった。そして彼女のように、同僚を導いてあげる事に全力を尽くせたのだ。

私が彼女と出会ったのは、次女が幼稚園入園を機にパートを始めた20年以上前の事。学生の頃に同業他社でバイトしていたので、システム化された仕事内容に、最初は問題なかった。そのお店で幅を利かせていた怖い先輩主婦にも、「使えそうな人が入ってきたわね」と言ってもらえた。しかし或る日、「お持ち帰り商品の入れ忘れ」を繰り返してしまった。

「ミスばかり繰り返す人は邪魔だから辞めろ!」

お客様の前で、怖い先輩主婦に大声で怒鳴られてしまった。余りの怖さとショックで涙が出てしまい、表に出せないと言う事で、そのまま厨房の洗い物担当に回された。

帰宅してからもショックは消えず、「怖くて店に行けない。言われた通り、もう辞めようかな」と思っていた時、電話が鳴った。出てみると、怖い人と同じ階級(マネージャー)の「Yさん」だった。彼女が私を変えてくれた女性だ。

「漆原さん、あの人に酷く怒られたと聞いたのだけど大丈夫?彼女、誰に対しても直ぐ怒るから気にしないでね。私も慣れない頃は凄く怒鳴られたから」

「Yさんは凄く仕事が出来る方だから、怒られた事なんてないと思っていました」

「いや、凄く怒鳴られたよ。元々あの人に気に入られてなかったみたいで、他の誰よりも怒られたよ。漆原さん、辞めちゃうなんて言わないよね?もし続ける気が有るなら、私が貴女を誰にも文句言わせない接客スキルを付けさせるから」

Yさんは私を励ますと同時に、奮い立たせてくれた。彼女は優しいが、芯が有る女性だと他の人から聞いていた。私は彼女に付いていこうと思った。

「Yさん、宜しくお願いします」

私は電話口で答えながらお辞儀をしていた。次のシフトから、なるべくYさんと同じ時間帯になるよう配慮してもらい、仕事の合間に指導してもらう事になった。彼女は優しいが仕事に妥協は許さない人だったので、指導もかなり厳しかった。

お辞儀の角度から言葉遣い、仕草、周りを見て状況を把握する力等など、全ての項目において「いい加減」は許されず、「完璧」である事を望まれた。だが「愛」の有る指導なのは私にも伝わっていたので、全く辛いと思わなかった。同じ事を何回も教わらない様、帰宅してからも毎日復習した。

相変わらず怖い先輩主婦は、「あの二人が組んだところで、碌な事は出来ないでしょ」と、私達を冷ややかな目で見ていたが、そんな視線を物ともせず、私達は必死に「店内一」を目指した。そしてYさんに指導してもらっているうちに、「私もいつか、Yさんのような指導者になりたい」と思うようになった。

気付けば私は店内一の接客スキルは勿論の事、他業務全般もこなせるようになっていた。支店対抗の接客部門に店代表として出場し、好成績を収める事も出来た。全てYさんのお陰だった。「これからもずっと彼女と一緒に仕事をして、もっとお店を盛り上げたい」と、思っていた。だが数か月後、彼女は体調を崩し入院する事になってしまった。

「Yさん、元気になったら又戻ってきてくれますよね?」 

「ごめんね、戻れないの。ちょっと病気がやばいから。病院も地元じゃないところだしね。お見舞いも遠慮する事にしたの。だからもう会えないけど、漆原さんならもう大丈夫!これからは貴女が助けてあげる番だよ」

彼女はそう言ってお店を去っていった。目標にしていた彼女が居なくなった事は、かなり寂しく心細かった。だが、「Yさんに教えられ、託された事をきちんと伝えていかなければ」と、誓いを新たにした。

その後、一人の主婦がパートとして入ってきた。彼女は他の人より動作が遅く、皆から煙たがられていた。バックヤードで落ち込んでいる姿を見た時、数年前の自分と重なった。私は思わず「大丈夫?色々言われるかもしれないけど、気にしないでいいよ。貴女が良かったら、私が精一杯面倒見てあげる!」と言っていた。

「本当ですか?漆原さんがそう言ってくれるなら、私、頑張ってみます!」

彼女は嬉しそうに、そう答えた。

「Yさんが私に与えてくれた事を、彼女にも与えてあげたい」

私は心から思った。覚えが今一つの彼女だったが、メモを片手に一生懸命ついてきてくれた。時には声を荒げて、「こらぁ!まつむらぁ!」と言った事も有ったが、彼女はそれすら嬉しそうに、「そうやって一生懸命に怒ってくれると、やる気が出ます!」と言っていた。

2年以上経った頃、人より少々時間は掛かったが、漸く彼女も全てにおいて独り立ちできるようになった。彼女が嬉しそうに「漆原さんのお陰です。有難う御座います」とお礼を言ってきた。それが私も凄く嬉しく、心の中で「私もYさんに少しは近づけたかな」と思った。

それから数年後。私は引っ越しを機に、このお店を辞めた。それ以降、お店に寄る事はなくなってしまったが、去年、彼女からメールをもらった。そこにはこう書かれていた。

「マネージャーに昇格しました。私が人を指導する立場になったなんて凄くないですか?これも漆原さんが、『こらぁ、まつむらぁ!』って言いながら、私を指導してくれたお陰です(笑)。本当に有難う御座いました。もし店に来る事が有ったら声を掛けてくださいね!」

読みながら涙が出そうになった。彼女がそんな立派になったなんて。感無量とは、こう言う事を言うのだろうか。私が彼女を育て上げられたのも、Yさんが居たからだ。彼女は私を励まし、育て、導いてくれた「女神」のような人だった。会えなくなってしまった「女神」に、心の中で「有難う御座いました」と呟いた。

ライター名:漆原 香里(うるしはら かおり)

関連記事

コメントは利用できません。

最近のおすすめ記事

  1. 京都大学発のスタートアップであるトレジェムバイオファーマ(京都市)は、9月から歯を生やす抗体医薬品の…
  2. 2022年7月、宮城県仙台市の飲食チェーン「大阪王将仙台中田店」で勤務していた元従業員が「ナメクジが…
  3. 米国のテクノロジー大手Googleは8日、生命活動の核心をなすたんぱく質やDNA、RNAなどの分子構…

おすすめ記事

  1. 2024-4-29

    『新潟市水族館 マリンピア日本海』の裏側に密着!災害時における安全管理の取り組みとは?

    令和6年の能登半島地震により、石川県の施設は甚大な被害を受けた。その復興の道のりのなかで、『のとじ…
  2. 2023-10-31

    「頂き女子りりちゃん」が3度目の逮捕 だまし取る手口をマニュアル化 被害総額は2億円以上

    「頂き女子りりちゃん」と名乗り、恋愛感情を背景に多くの男性から現金をだまし取ったとして渡辺真衣容疑者…
  3. ゴミ収集車の死亡事故による呼び捨てでの実名報道で訴訟を起こした品野隆史氏

    2024-3-29

    メディアが市民にくだす判決に異議あり!呼び捨ての実名報道に抗った男性の壮絶な戦い

    現在メディアでは、事件に関して疑いのある人の実名報道では「容疑者」を呼称でつけていますが、1989年…

【募集中】コンテスト

第5回ライティングコンテスト(東京報道新聞)

【結果】コンテスト

東京報道新聞第4回ライティングコンテスト (結果発表)

インタビュー

  1. ゴミ収集車の死亡事故による呼び捨てでの実名報道で訴訟を起こした品野隆史氏
    現在メディアでは、事件に関して疑いのある人の実名報道では「容疑者」を呼称でつけていますが、1989年…
  2. 青森県で協力雇用主として出所者の社会復帰を目指して雇用する企業「有限会社松竹梅造園」代表の渡辺精一様
    協力雇用主とは、犯罪や非行をした者の自立や社会復帰に向けて事情を理解したうえで就職先として受け入れる…
  3. 青森刑務所で受刑者に講話を行った受刑者等専用の求人誌「Chance!!」編集長・三宅晶子氏
    三宅晶子氏(株式会社ヒューマン・コメディの代表取締役)は、日本初の受刑者等専用求人誌「Chance!…
ページ上部へ戻る