アール・ブリュットという可能性 ~障がい者アートの未来~

東京報道新聞第5回ライティングコンテスト_佳作作品
ネコ

「アール・ブリュット」という言葉を聞いたことがありますか?

「アール・ブリュット」とは、フランス語で「生の芸術。既存の芸術に影響を受けない、非常に個性的で独創的な芸術」という意味です。

皆さんは、障がいのある人の作品を見たことがあるでしょうか?

障がい者が創り出すアートは、さまざまな「アール・ブリュット」作品、つまり独創的で個性輝く作品を生み出します。圧倒的に自由な感性が、見る人の既成概念を外し、新しい視点を与えるのです。

この記事では、若きアール・ブリュット作家の活動や周囲のサポートなどを取材し、障がい者アートの素晴らしさや課題、未来についてお伝えします。

DAIKIという作家ができるまで

アール・ブリュット作家DAIKIさんは16歳。県立の支援学校に通っています。

DAIKIさんは重度のASD(自閉症スペクトラム症)で、幼少期からコミュニケーションをとることが難しく、認知能力やこだわりの強さでもサポートが必要なため、日々の生活は、どこへ行くのも何をするのも親御さんや先生と一緒です。

そんな不自由なことの多いDAIKIさんが、唯一自分を表現できるアートに出会うまでをDAIKIさんのお母さんが話してくれました。

小学生の頃のDAIKIさんは、療育でのプリントや学校のノートにおもしろい文字や、かわいい絵を描いたり、白抜きの絵には色を塗ったりするのが好きだったのですが、お母さんはそれを見て、「独特なアートみたいだな」と思っていたそうです。

また、小学校の授業で描いたDAIKIさんの絵が、健常のクラスメイトの絵と比べてそれほどの違いがなかったのを見て、日常生活では明らかに他の子とは違う我が子が、こんなに上手に描けるのかと少し驚いたと言います。

「言葉では表現できないけれど、内面では周りが思う以上に多くのものが見えているのかもしれない」

お母さんはそう感じていました。

DAIKIさんが小学校6年生になったある日、美術の先生から

「DAIKIさん、絵画教室に通われてはいかがですか?」という提案をもらいます。

「彼の絵は、おもしろい」と。

そこからお母さんは、障害のある子を快く受け入れてくれる絵画教室を探し、DAIKIさんを通わせることにしました。

絵画教室に通い始めたものの、半年ぐらいの間、DAIKIさんは先生の指導に慣れませんでした。今まで自由に楽しく描いていた絵に、あれこれ注文をつけるやつがいる、ということが受け入れられなかったようです。しかし先生の提案通りにすると、作品が見違えるように良くなるという発見をして、いつしか先生と生徒というより、芸術家同士のシンパシーが生まれたようです。

この時教わった技術により、DAIKIさんの作品は輝き始めました。

彼の絵は、下書きを一切せず、アクリル絵の具で背景を塗ってから、黒い絵の具で描きたいものを縁取り、最後に色を塗っていくというスタイルです。

描き始めから2時間ほどでいっきに描き上げ、紙を裏返して「DAIKI」とサインをしたら、そのあとの迷いは一切なく、完成なのだそうです。

市民団体「アール・ブリュット・カフ」の誕生

DAIKIさんは絵画教室に通ううちに、展覧会にも出展するようになりました。

優秀賞も受賞し、本人にとってアートが自信の源になっていったそうです。

そんな時、アート仲間のお母さんが、

「今度3人で展覧会をしない?」と声をかけてくれました。

これが2023年、市民団体「アール・ブリュット・カフ」が誕生するきっかけです。

現在、DAIKIさんは「カフ」のアーティストとして、新作を生み出し、さまざまな展覧会やカフェ・ギャラリーに出展しています。作品がプリントされたポストカードやTシャツ、カバンなども販売し、自信と誇りを持って創作活動をしているそうです。

市民団体アール・ブリュット・カフ

「ギャラリー木の実」での展示

2024年5月27日、筆者はDAIKIさんを含む「アール・ブリュット・カフ」の作家3人が出展しているグループ展、「『出会いは宝物』~おひさまの仲間たち展」を見に、会場である茅ケ崎の「ギャラリー木の実」に行きました。

ギャラリー展示

こじんまりした店内は、カフェスペースの壁がギャラリーになっていて、お茶を飲みながら、自由に作品を鑑賞できます。

店主の椎野さんのお人柄もあり、店内はいつも温かい雰囲気で、地元の方や展示を見に来たお客さん、出展した他のアーティストもにこやかに談笑しています。

椎野さんは10年前、先代の店主からカフェを引継ぎ、ギャラリーを始めたときのことを話してくれました。

「最初は頑張って出展する方を探している時期がありました。埋まらないスペースに息子が撮った写真とかを飾って。」

椎野さんはそう語りますが、現在の「ギャラリー木の実」は、出展するのに2年待ちの人気店になっています。

椎野さんの活動で特に注目したのは、地域の福祉事業所や支援学校との積極的な関わりでした。

「たまたま福祉事業所で働いているお客さんと話していたとき、『ハンデがある人達の感性はすごいよね』という話になって、じゃあ展覧会やろうよってなったんです」

その話が実現したのが『にじいろの作品展』という展示即売会です。茅ケ崎市内の9つの福祉事業所に通う、障害のある方がたの作品を集め、展示・販売したところ、お客さんにも好評で、今では1年に一度、おおいに盛り上がるイベントになっているそうです。

「カフ」メンバーでの共同作業

DAIKIさんを含む、アール・ブリュット作家3人の作品は、どれも独創的で個性的。鮮やかな色合いに常識の枠を超えて語りかけられるようなパワーがあります。

普段は個々で作品を制作する3人ですが、展示会にあわせて、3人の合作で制作することもあります。保護者が大きな紙を一枚置いて、絵の具を用意すると、あとは3人で流れるように制作を始めるそうです。言葉でのコミュニケーションはありませんが、お互いの作業を尊重し、どんどん作品を仕上げていく様子は、まさに芸術家の仕事です。今回の共同制作は、ギャラリーの入り口に貼られました。

KAH共同制作

サポートの大きな力

DAIKIさんが、現在のようにアール・ブリュット作家として活動するまでには、多くのサポートがありました。親御さんはもとより、学校や療育、絵画教室の先生、仲間、展示するギャラリーの人など、それぞれがうまく関わって、今のDAIKIさんがあります。息子の好きなものを伸ばそうと忍耐強くサポートに回ってきたお母さんにとっては、DAIKIさんが生み出す作品以上に、好きな絵を描くDAIKIさんの姿を見ることが最高の喜びなのではないでしょうか。

障がい者アートに取り組む人は、まだまだほんの一握りです。特に、知的に障がいがある人の多くは、日常生活を生きていくだけでやっとなのです。

障がいがあって一人でできることが少なくても、「絵が好き」「ダンスが好き」「歌が好き」など、芸術を愛する人達はたくさんいます。サポートしてくれる人がもっと増えれば、世の中には「アール・ブリュット」で新しいものが、次々と生み出されるのではないでしょうか。

それは、「良い・悪い」でがんじがらめの世の中の鎖を、優しく溶かしていくかもしれませんね。

ライター:はなまきケイ

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