男3人兄弟の末っ子として明るく育っていた私に、陰りが見え始めたのは10歳頃だったと思う。ある日、母が突然「がんばったで賞」という賞状を私にくれたのだ。私はビックリしたが、母の言葉で全てを理解した。

「お兄ちゃんたちは、メダルや賞状がたくさんあるのに、あなたは何もなくて可哀想だ。だから、何かお母さんがあげたくてね…」

母の私を労わる気持ちは胸に伝わってきた。しかし、母の愛情は逆に作用してしまった。私は、「自分には何もない」ということを自覚してしまったのだ。それまで、他人と比べずに楽観的でひょうきんに生きてきた私は、初めて劣等感というものを抱いた。

それからの私は、兄やクラスメイトと自分を比べ始め、どこかクサクサして自信を失っていった。確かによく考えると勉強もほとんどできず、兄たちが4番打者だったソフトボールチームは休みがちだった。

また兄たちのように書道や油絵等の習い事をしているわけでもなく、これといった特技があるわけでもなかった。だからと言って、私は何かに努力する気は起きなかった。

逆に勉強やスポーツに精を出しているクラスメイトを私は邪魔するようになった。自分が向上するのではなく、周りの努力をやめさせようと考え始めたのだ。私は、典型的な嫌われるタイプに落ちていった。

中学校へ入学すると、ちょうど中学を卒業したばかりの兄から「一番楽な部活動はテニス部かバレーボール部」との助言をもらった。当時は何かの部活動には必ず所属しなければいけなかったので、兄から楽な部活動の情報を仕入れていたのだ。

私は、テニスコートが3分ほど学校の外を歩かなければいけなかったので、そのまま何も考えずに校内に体育館があるバレーボール部に入部した。しかし、入ってみたバレー部は何か雰囲気が違った。顧問の先生だけが、やたら熱心なのだ。聞いてみれば、私の入学と同時に転任してきた先生で、以前の学校では全国大会まで出場した名監督だと言う。

さすがに、兄からの情報にこれは入ってなかった。身長の高かった私は、すぐに先生に捕まえられ、指導を受けることになった。さぞかし鬼監督だろうと恐る恐る部活動に参加してみると、先生は意外な態度をとった。先生は、とにかく私を褒めたのだ。

「おまえには才能がある!」とか、「おまえは良いエースアタッカーになれるぞ!」と何度も私の眼を見て話してくれた。やる気がなく、劣等感だらけだった私も、毎日先生の言葉を聴いている内に、だんだん自分に自信が持てるようになった。

私は徐々に部活動にのめり込んでいった。正直、体は毎日筋肉痛でしんどい。夜も何もできずベッドに倒れ込んで泥のように眠る日々だった。それでも部活動に参加することが何より楽しく、自分を肯定してくれる先生を信じて真剣にやってみようと思えた。 

上級生に進級すると、先生の指導は部活だけではなくなった。ある大会で、僅差で強豪校に負けたことがあった。悔しがっている私たちに向かって、先生は熱く語った。

「力が拮抗しているチーム同士の場合、勝負の最後を分けるのは運だ。試合当日、なぜか調子が良いとか、なぜか凡ミスが続いてしまうとかも運なんだ。だが、その運を引き寄せることができる。それが、日々の生活態度だ」

勝ちたかった私たちは、先生の眼を見て聴き続けた。

「生活態度とは、学校における服装の身だしなみや授業態度だったり、休日や人の見ていないところで悪さをしていないことだ。いつでも誠実に生きることが、試合の運を引き寄せることになる」

先生はそう力説した。私たちは負けた悔しさから、少しでも強くなるために互いに生活態度を改めようということになった。私はこみ上げる悔し涙を拭って、体育館の天井を見つめて新生を誓った。

それまでの私は、部活動には熱心だったが学校生活はサッパリだった。小学校時代からの癖で勉強をするクラスメイトの邪魔をし、自分は一切授業を聞いてなかった。服装もダラダラとした格好で、決して良い生徒ではなかった。だが、あの大会の翌日から私は変わった。

まず、毎日履き潰していた上履きを踵までしっかり履いた。次に、外していた制服の第1ボタンを留め、腰まで下げていたズボンを上げるようにした。そして、クラスメイトの邪魔をせず、眠っていた授業もしっかり聴くようになった。

すると、授業を聞かないいわゆる“不良グループ”ともだんだん縁遠くなっていった。全ては、部活で結果を残したかったからだ。私の見違えるような態度に、担任の教師も舌を巻いていた。一つひとつ、私は部活動以外の時間も、先生の言われた通りに不真面目な態度を改めていった。

そんな勤勉な生活態度と猛練習を積み重ねた結果、1年生では市内1回戦負けだったチームは、最後の夏の大会で市内準優勝を果たして県大会の切符も手に入れることができた。県大会ではうまく結果が出せなかったものの、私は強豪校のスカウトに目が留まり、スポーツ推薦の話も何校からか頂くことができた。

私たちは全校集会で表彰され、私はチームのエースとして自分の手で賞状を勝ち取ることができた。小学校時代から抱いていた「自分には何もない」という劣等感が完全に消えた瞬間だった。

今振り返れば、先生との出会いが私の人生のターニングポイントだった。間違いなく、先生は私にとって恩師だった。私が先生に感化されて変わってゆく姿を見て、母も熱心に私を応援してくれるようになった。

兄たちも私の成功を我が事のように喜び、励ましてくれた。先生や家族などの多くの人々に支えられて掴んだあの成功経験は、今も私の力となり、この胸に誇りとして永遠に刻まれている。

ライター名:あおいもり

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