初対面の人から受ける影響というのは、意外と大きい。10年以上経った今でも、あの言葉を鮮明に思い出すことができる。

初めて就職したのは、地方の町役場だった。卒業後地元に戻るつもりがなかった僕は、大学所在地の近辺で就職活動をしていた。

「かたっぱしから応募して、最初に内定をくれたところに就職しよう」と意気込んだ結果、奇跡的に1件目で内定をもらう。そこは、行ったことも聞いたこともない、ちいさなちいさな町だった。

見知らぬ土地というだけで、不安になるには十分過ぎる。ましてや人見知りの僕が、知り合いのいないこの町で生きていくには、相当な覚悟と努力が必要不可欠。我ながら、いばらの道を選んだものだ。

そして、相当な覚悟と努力が用意できる前に、僕は役場職員となった。といっても、最初の1週間は研修がメイン。公務員としての基本的な心得や、役場で働く上での規則などを学び、今後の仕事に生かしてほしいとのこと。

しかし、この手の研修が記憶に残ることがあっただろうか。断っておくと、研修そのものを否定しているわけではなく、むしろあった方がいいと思っている。

それを差し引いても、形だけの研修という感覚が否めないのは、僕だけじゃないはずだ。現に、研修の内容なんて覚えていない。あの言葉をのぞいては。

研修の講師は、現職の担当者が交代で務めていた。温厚な雰囲気の人事担当者、厳つい見た目の情報管理担当者、いかにも優秀そうな総務担当者。そして、少し気の強そうな財務担当者。

ラブジェネのキムタクを彷彿させる髪型が、若々しくもあり、猛々しくもある。どちらかというと、僕の苦手なタイプに見えた。キムタクもとい財務担当者の出番になると、彼は講師席に座り、簡単に自己紹介をした。そして、十数人の新人職員に向かって、こう言った。

「役場の仕事なんてつまんねえんだ」

耳を疑った。役場の仕事を始めようとする人にかける言葉ではない。内部崩壊を目論むスパイだろうか。そんなことが一瞬よぎったが、その言葉には続きがあった。

「役場の仕事なんてつまんねえんだ。でも、一生懸命やったら楽しいんだ」

もしかしたら、研修の内容をほとんど覚えていないのは、この言葉の印象が強すぎたからかもしれない。それほどまでにこの言葉は、僕の中に鮮烈に刻み込まれている。

仕事の内容は問題ではない。仕事に臨む姿勢次第で、つまらなくもなり楽しくもなる。言った本人が覚えているかどうか定かではないが、当時の新人職員の少なくとも1人は、これを胸にがんばってきた。

入職して8年が経った30歳のとき、僕は異例の若さで昇格した。昇格したものの、特に給料が上がるわけでもなく、ただ仕事の責任が重くなっただけというのが、正直な感想だった。

するとどうなるか。仕事のモチベーションはほとんどなくなる。コロナ禍の影響もあり、前例のない仕事も増え、心身ともに疲れ果てていた。

それでもがんばれたのは、あの言葉があったからかもしれない。どんな仕事も、一生懸命やれば楽しい。

「初心忘るべからず」とは言い得て妙で、新人職員のときに出会ったあの言葉をもう一度思い出し、僕は一生懸命を再開した。

その甲斐もあり、周りから評価されることが増えたと思う。ていねいな対応が好印象だと、住民の方に言われた。自分が中心となって企画した仕事が、地域の新聞で取り上げられた。初めての議会答弁で堂々と発言し、上司に褒められた。総合計画の原案を作ったら、策定委員会で円満承認された。

ああ、そうか。一生懸命やったことは、巡り巡って自分のもとに帰ってくるのか。自分の中で、なにかがストンと落ちた。これが腹落ちってやつか。

結果的にその役場は退職したわけだが、今でもあの言葉は人生の羅針盤になっている。もちろん、どんなにがんばっても報われないこともあるだろう。それでも、一生懸命を貫くことでなにかが変わると信じて、僕は今日も生きている。

一生懸命やるということ。

それは、だれでもできる幸せへの第一歩なのだと思う。

ライター名:アルロン

関連記事

コメントは利用できません。

最近のおすすめ記事

  1. KIMIKA(キミカ)さんが行った5大都市ツアー『aim tour』のファイナル公演の看板(1)
    歌手・KIMIKA(キミカ)が5大都市を駆け抜けたツアー『aim tour』のファイナル公演が、Ze…
  2. グローバルエンターテインメント市場で歴史的な転換点が迫っています。金融調査会社MoffettNath…
  3. 「塀のなかと外はつながるのか?-女子刑務所モデル事業を振り返る」
    女子受刑者が出所後、社会復帰に困難な状況に陥ることは珍しくありません。女子受刑者を支えることを目的に…

おすすめ記事

  1. 第48回日本アカデミー賞で主題歌賞を初回受賞したMrs. GREEN APPLE

    2025-3-10

    第48回日本アカデミー賞より特別賞新賞「主題歌賞」を設立 初回の受賞者はMrs. GREEN APPLE(対象作品:「ディア・ファミリー」主題歌 『Dear』)

    日本アカデミー賞協会は、主催する「日本アカデミー賞」に新たな賞「主題歌賞」の設立を発表。今回新たに設…
  2. 2025-4-15

    フジ・メディアHDに新たな圧力 「物言う株主」が北尾吉孝氏を取締役候補に推薦

    米国のアクティビスト投資家ダルトン・インベストメンツが、フジ・メディア・ホールディングス(HD)に対…
  3. 東京報道新聞が取材した青森刑務所でムショ飯の献立を考える管理栄養士さん

    2024-1-29

    刑務所の食事ってどんなもの?青森刑務所の管理栄養士に聞く令和の「ムショ飯」

    刑務所の中の食事というと、”臭い飯”というイメージを持っていた人もいるかもしれませんが、最近では「務…

2024年度矯正展まとめ

矯正展の2024年度開催スケジュールまとめ

【募集】コンテスト

東京報道新聞が大阪・関西万博の共創チャレンジとして開催するライティングコンテスト(第1回)

インタビュー

  1. 障がい者支援施設では、暴力事件や突発的な問題行動などさまざまなことが起き、最悪の場合は逮捕されること…
  2. 漫画研究家で推し活の達人の稲垣高広氏
    推し活の達人で漫画研究家の稲垣高広氏はもともと藤子不二雄マンガの大ファン。「推し活」を続けるうちに、…
  3. 書籍「50歳から8か国語を身につけた翻訳家の独学法」を出版した宮崎伸治氏
    50歳間近のある日、英語の書籍を読破しているときに外国語の書籍を読む素晴らしさに目覚めた宮崎伸治氏。…

アーカイブ

ページ上部へ戻る