第3回ライティングコンテスト佳作

私の初恋相手が40歳にして孫を持ったとの連絡があった。地元では4番目のスピードでジジババになった同級生との連絡がさらに追い討ちのように私に衝撃を与えた。

思い返せば、私の地元はいま自分が生きている世界線とは大きく違うところで存在している地域だった。地元の中学の廊下には原付バイクが走り、毎年1月ともなると教室にカンパの袋が回ってきてお年玉を上納させられるなど、地域密着型の反社が幅を効かせる、法令無視のチンピライアンスが根付いていた。

道をいくオッサンたちは、「歯がない・金ない・職がない」の土着三原則を頑なに守っていたし、そっち系の風紀委員が規律を正しているのかの如く、みな一様にワンカップ大関を携行していた。そして、常に見えない何かに咆哮し、鼻をつまみたくなるような芳香を身にまとい、千鳥足で人生の方向を見失い彷徨っていた。

貞操観念が強いことを日本語では「身持ちが固い」なんて表現したりするが、何事にも反義語というものが存在する。固いものがあれば緩いものもある。私の地元では「誰々の母ちゃんがどこどこのおっちゃんと逢瀬をしていた」なんて話はザラだったし、日本M&Aセンターもビックリするくらいの頻度で、家庭の安寧を揺るがす敵対的TOBや市場時間外取引が起きていた。

実際にこんな言葉はないのだが、私は「身持ちが固い」との日本語のほかにまた、「身元が固い」という言葉もあって良いのではないか?と考えていたくらいまあ本当に「身元が緩い」地域だった。

わかりやすく言えば、神隠しにでもあったかのごとく頻繁に人がいなくなる。身近なところでいえば、私の親戚でも片手以上の人の消息が知れないし、それが全く特別なことではなく、私の身の上と同様に同級生でも同じような境遇の人が何人もいた。

テレビや新聞などを見ていると、例えば、起業家や芸能人が輩出された地域であれば、「おらが町のスター」だ!なんてことが取り沙汰されるが、私の地元で新聞に載るようなやつは大体がそこそこ凶悪な事件の犯罪者だった。

巨額特殊詐欺の胴元として逮捕された同級生・家族喧嘩の末に親を刺した先輩などなど。南米の薬物汚染地域以外にも丸山ゴンザレスに取材して欲しい世界は日本国内にもまだまだ存在する。

私が子供の頃、朝方大きな破裂音がしたことがあった。私の地元に古くから根ざしていた反社の事務所が、他の反社会的な組織との抗争の過程で発砲されたというのだ。今思えばそこに住まう市民の安寧を無視したテロ行為だとわかる、あまりにも怖すぎる。

私が幼少の頃、そこの事務所の親分さんが亡くなったことがあった。その際は、駅から事務所に続く500メートルに及ぶ道の両脇を高級そうな黒い服着たお兄さんたちがずらっと並んでいたことがあった。あの光景はいまでも脳裏に焼き付いている。

近所のサウナやお風呂屋さんには、地元の人たちから「美術館時間」と呼ばれる時間帯があった。間違った時間に風呂に行くと、入浴しているひとの多くの背中に色とりどりの日本画が描かれていて、汗を流しに行ったはずなのに、逆に冷たい汗をかいて帰ってくることがしばしばある時間帯。の意味だ。

あの街は私に反面教師的に色んなことを教えてくれた。飲んでいい酒・悪い酒、持っていい金、悪い金。役に立ったのはカラオケだ。年長者とのカラオケでは無類の力を発揮できた。スナック街で育った私にとっては兄弟船・銀座の恋の物語・ラバウル小唄あたりは子守唄で、適切なエコーの量も知っている。

手元の同窓会のお誘いを眺めていると、忘れ去っていた過去の記憶が怒涛のように蘇る。なぜ私は地元を去る決意をしたのか。あそこに留まれば、外の世界を知ることもなく、誰と比べることもなく、違う幸せがあったのか。ふと知る人間・考える人間は逆に不幸なのかもしれないと思う。人生の選択は難しい。

何年かぶりに地元で食事をし、子供を連れて歩いていると酔っ払いにカラまれた。久々に思い出すこの感覚。子供に対しては「世の中にはこういう社会もあるんだぞ」と珍獣博物館にいるかの如き誇らしい気分になった。この酔っ払いはもしかしたら、どこかの世界での自分の姿だったのかもしれない。

ライター:じこったねこばす

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