性暴力・性犯罪から子どもを守る「生命(いのち)の安全教育」

「性暴力・性犯罪から子どもを守る「生命(いのち)の安全教育」」ライター:秋谷進(東京西徳洲会病院小児医療センター)

突然ですが、みなさんは「生命(いのち)の安全教育」について知っていますか?

生命の安全教育とは、子どもたちの健全な成長を願い、性暴力や性被害から守るため、文部科学省が推進している特別な教育のことです。

実は最近、10代を中心とした性被害や性暴力の被害が急増しています。
そして子どもたちがそれを「性暴力」と認識しないまま被害にあっていることもわかっています。

今はSNSなどを通じて子どもたちが十分教育を受けないまま「大人の世界」に足を踏み入れ、知らず知らずのうちにネットに自分のポルノ画像が晒されたり、売春させられたりする・・・そんな世界になっているのです。

そのような現状に対し、正しい知識を身につけて自己防衛力を高めるための教育が「生命の安全教育」。
一体、どのような授業が行われているのでしょうか。

今回は、子どもたちに対する性犯罪・性被害の現状と、性被害から守るために行われている「生命の安全教育」の具体的な内容について解説していきます。

児童を中心に増えてきている「性被害」

SNSなどの発達に伴い、児童が大人と容易に接触しやすくなった現代。
子どもたちが性被害にあう可能性が高くなってきています。

実際、警察庁から発行している「令和4年における少年非行及び子どもの性被害の状況」の報告書によると、

令和4年における児童買春事犯(児童買春、淫行させる行為、みだらな性行為等)の検挙件数は2,206件、被害児童数は1,461人と、平成25年と比較しても横ばいです。

しかし、児童ポルノ事犯については、検挙件数が3,035件、検挙人員が2,053人、被害児童数が1,487人であり、年々増加傾向になっています。

9年前の平成25年の検挙件数は1,644件、検挙人員は1,252人、被害児童数は646人ですから、児童ポルノで被害にあっている子どもは、なんと「倍以上」にもなっているのです。

さらに、特徴的なのは「年齢層」や「被害内容」。
 被害児童の中で最も多いのは中学生で、全体の39.8%を占めています。

また、児童が自らを撮影した画像による被害が最も多く、全体の38.8%に上ります。
低年齢児童の被害のうち、盗撮が39.0%を占めています。

また、「SNSに起因する犯罪」も上昇しています。
SNSによる被害児童数は1,732人であり、重要犯罪などの被害児童数は158人。
9年前の平成25年は26人しかいませんでしたから、重要犯罪に巻き込まれている児童は、なんと「6倍」にまで及んでいます。

このような特徴の背景として、以下のことが考えられるでしょう。

  • SNSが小学生・中学生でもアクセスできるため、さまざまな人と「交流」を持ちやすくなったから
  • スマートフォンやカメラなどの発達により「盗撮」されやすくなっているから
  • 性的な知識などが未成熟な状態である「小学生」「中学生」が狙われやすくなっているから
  • 逆に性的な知識が乏しいと「加害者側」になる可能性も高くなってくるから

そのため、文部科学省では「生命の安全教育」として正しい知識を子どもたちに伝え、性犯罪・性被害を未然に防ごうと働きかけているのです。

(参照:警察庁「なくそう、子供の性被害」

「生命の安全教育」で行われる教育内容は?

では、「生命の安全教育」ではどのような内容が行われるのでしょうか。

子供の発達段階に分けて性暴力・性被害の知識を正しく身につけるためのプログラムが組まれています。
概要と目標については次の通りです。

  • 幼児期:幼児の発達段階に応じて自分と相手の体を大切にできるようになっていく。
  • 小学校(低・中学年):自分と相手の体を大切にする態度を身に付けることができるようにする。また、性暴力の被害に遭ったとき等に、適切に対応する力を身に付けることができるようにする。
  • 小学校(高学年):自分と相手の心と体を大切にすることを理解し、よりよい人間関係を構築する態度を身に付けることができるようにする。また、性暴力の被害に遭ったとき等に、適切に対応する力を身に付けることができるようにする。
  • 中学校:性暴力に関する正しい知識を持ち、性暴力が起きないようにするための考え方・態度を身に付けることができるようにする。また、性暴力が起きたとき等に適切に対応する力を身に付けることができるようにする。
  • 高校生:性暴力に関する現状を理解し、正しい知識を持つことができるようにする。また、性暴力が起きないようにするために自ら考え行動しようとする態度や、性暴力が起きたとき等に適切に対応する力を身に付けることができるようにする。

各段階についてより詳しく見ていきましょう。

①幼児期(5~6歳)

幼児期は「自分と相手の体の尊重」「自分と相手の体の区別」が主なテーマになっています。

幼児期はちょうど幼稚園や保育園生活などを通じて、相手と自分の体の違いに気が付き興味を持ち始める時期。
完全な好奇心でついつい相手と自分との境界線を忘れてプライベートな所も触ったり見たりしたい衝動にかられます。

この段階で、

  • 自分の体は自分だけのものであり、大切にすること
  • 水着で隠れる部分など、自分だけの大切なところは見せたり、触らせたりしないこと
  • 自分の体と同様に、相手の体も大切にすること。
  • 相手の大切なところを、見たり、触ったりしてはいけないことを意識すること。

を教えることで、まずは「自分と相手の体はお互い尊重すべきであり、しっかり境界線があるんだ」ということを意識づけようというわけです。

これが性教育の根本であり、高校〜大学に至るまでずっと語られる「永遠のテーマ」となります。

②小学校 低・中学年(1年生~4年生)

小学校の低・中学年(1年生~4年生)になったら、ここから発展して「自分の気持ち・他人の気持ち」を想像できる心を育みます。

幼児期の段階では、まだ「心」が発達していませんし、他者の気持ちを想像する力にかける部分がありますが、小学校を通じて集団生活を行う上で、各々の気持ちを大切にする力は必須になってきます。

そこで、生命の安全教育でも「気持ち」について焦点が当てられるようになります。

例えば、自分と他人の境界線の理解は引き続き行われると共に、自分の体を見られたり、触られたりして嫌な気持ちになる場面について考え、このような場面が起こったときの対応方法を身に付けることができるようにすることも課題になってくるのです。

また「距離感」という概念を学ぶのもこの年代。

「自分の心と体は自分だけのものであり、他の人も同様です。互いに心と体を尊重できているかを確認するための言葉を『距離感』というんですよ」と、例えば、児童の間でスカートめくりやズボン下ろし等が行われている場面を見かけたときは、そうした行為も性暴力につながる可能性があることを教えていきます。

③小学校 高学年(5年生~6年生)

小学校の高学年(5年生~6年生)から出てくるテーマとしては以下の通りです。

  • 心と体には距離感があるという認識を身に付け、他の人の気持ちを尊重した意思決定と行動選択ができるようにする。
  • 距離感が守られないときに取るべき行動を理解し、相談方法を身に付けることができるようにする。
  • SNS で見えない相手とつながることの危険について考え、安全な意思決定と行動選択ができるようにする。

ポイントとしては「意思決定」と「SNS」ですね。
小学校高学年になってSNSと付き合うだろうと文部科学省では考えています。
SNSでは「感情」だけでなく理性に基づいた「意思決定」が大切です。

距離感という概念を低〜中学年で学んだ後、理性的に正しい距離感でSNSと付き合ってほしい。
そんな思いがこの「生命の安全教育」から伝わってきます。

SNSでは社会が相手になってきますから、自分が危ない目に合っているときは、周りを巻き込んだ対応も求められるでしょう。
生命の安全教育ではそのための対処方法が具体的に罹れています。

④中学校

中学生から出てくるテーマとしては以下の通りです。

  • 性暴力の例や背景を理解し、デート DV、SNS で見えない相手とつながることの危険性について考え、安全な意思決定ができるようにする。

デート DV(デート・ドメスティック・バイオレンス)とは、交際相手から行われる暴力行為のことです。
いよいよデートDVなどの具体的な性被害の遭い方などについて学んでいくことになり、授業も本格化します。

中学生は思春期の代表です。先の統計で見た通り被害が増える一方で、大人に相談するのが難しくなりやすく、一人で抱え込むことも多くなります。

性暴力が起こる背景についても学び、自分が被害に遭った場合に信頼できる大人に話す等、対処の方法を身に付ける必要がありますよね。

具体的な「痴漢」「デートDV」「SNSなどの画像アップロード」の性被害の実態についても学んでいくと同時に、それらに対する具体的な対処方法についても学んでいきます。

⑤高校から大学

高校から出てくるテーマとしては以下の通りです。

  • 性暴力の例、背景、現状のデータを理解し、デート DV、SNSで見えない相手とつながることの危険性、セクシュアルハラスメント、JK (女子高生)ビジネスについて考え、安全な意思決定ができるようにする。
  • 二次被害の例や背景を理解し、被害者の気持ちを尊重して、二次被害が起きないための発言や行動ができるようにする。

さらに性被害の実態についての深い「闇」についても学ぶようになりますね。

また、高校終わりから大学になると、「レイプドラッグ」や「酩酊(めいてい)に乗じた性暴力」「AV(アダルトビデオ)の出演強要」などの性被害についても学ぶようになります。

(参照:文部科学省「生命(いのち)の安全教育」「「生命(いのち)の安全教育」指導の手引き」

家庭でも教えるべき、「正しい性知識」

このように生命の安全教育では、カリキュラムに則った「性被害にあわないための教育」がたくさん盛り込まれています。

ただし、性被害にあわないための教育は「学校」だけで終わらせることできない、あまりに重要なテーマです。

ぜひご家庭でも子どもと一緒に「性」について考えてみてください。
そして、正しいSNSの付き合い方について今一度考えていただきたいと思います。

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