自分や自分の家族が急に体調を崩した時、現場に駆けつけて病院まで運んでくれる救急車は、急病人の命を救うためになくてはならない存在です。
しかし、その救急車が現場に到着するのにかかる時間は年々長くなっています。
救急車による搬送から病院に収容するまでの時間は、2011年が38.1分、2021年に42.8分となっています1)。
重症患者であれば、救命率に非常に大きな影響を与える時間差が出てしまっているのです。
到着時間が長くなっている理由としては、日本の人口が高齢化して救急車の需要が増えたということも影響していると思われますが、それ以上に大きな影響を与えているのが「救急車の不適切利用」です。
日本では法律によって無料とされている救急搬送ですが、これから日本の経済状況等を鑑みれば、有料化、もしくは非常時に救急搬送が行われないといった未来が来てしまうかもしれません。
そのため、今回は救急車の不適切利用と救急搬送の実態に関しての現状を、諸外国の救急車事情を含めて解説します。
海外の救急車事情
東京消防庁2)によれば、救急業務の記録は、18世紀のナポレオン戦争のとき、フランス陸軍軍医のジーン・ラリーが戦場に馬車を走らせて傷兵の救護に当たったとされています。
現在ではTVなどの報道で見たことがある方もいるかもしれませんが、海外では救急搬送事業に民間が参入している国もあります。
日本でも民間による救急搬送を経験された方がいらっしゃるかもしれませんが、高額です。
もともと救急1出動当たり市町村により4万円~13万円の経費がかかっています3)。
それは、安全に配慮すれば人件費などかかるものがあるからです。
ここでは、海外の救急車事情について表にまとめてみました4-6)。
国 | 都市名 | 基本料金 | 加算料金 |
アメリカ | ニューヨーク消防局 救急搬送(救命士乗車) | 約143,000円もしくは約155,000円(病状による) | 病院までの距離約1,000円/km,酸素投与約7,000円 |
サンフランシスコ | 約38,500円 | 走行距離1マイルにつき約1,400円 | |
オーストラリア | シドニー | 約11,000円 | 走行距離1㎞につき約300円 |
ドイツ | フランクフルト | 約22,000円から73,000円(病状による) | |
フランス | パリ | 30分あたり約23,000円 |
救急車の不適正利用
救急車の不適切利用とは、救急車を呼んで病院に搬送しなくても対応できるような軽症例で救急車を呼んだり、そもそも病気や怪我がなく病院を受診する必要がないにもかかわらず、救急車を呼んだりすることを指します。
救急車の不適切利用を減らすことで、本当に救急車を必要としている人が医療を受けることができるようになり、救える命が多くなるのです。
そうはいっても、「どんな時に救急車を呼べばいいのかわからない」「救急車を呼んでいいのか迷って対応が遅れてしまいそう」というふうに考える方もいらっしゃると思います。
特に自分の子どもが急に体調を崩した時に、冷静な判断をするのは非常に難しいでしょう。
軽症だと判断して重症であった場合には、取り返しのつかないことになるかもしれません。
しかし、日本では救急車による搬送が無料であることを利用して、タクシー代わりに何度も救急車を利用していると考えられる頻回利用者が存在するのです8)。
人数 | 延べ回数 | 頻回利用者の1人あたりの回数 | |
年10-19回要請した人 | 1,979人 | 24,072回 | 12.2回 |
年20-29回要請した人 | 340人 | 7,916回 | 23.3回 |
年30-39回要請した人 | 166人 | 5,529回 | 33.3回 |
年40-49回要請した人 | 80人 | 3,502回 | 43.4回 |
年50回以上要請した人 | 231人 | 11,780回 | 51.0回 |
計 | 2,796人 | 52,799回 | 18.9回 |
救急車の適切な利用のためには、自分やその家族が病気になった時にどのように行動するのかについて、正しい知識を身につけている必要があります。
そして公共のサービスであるので、我々はその利用について実態を知る必要があります。
救急車による救急搬送の現状
救急車の救急搬送は、軽症例で利用していることが非常に多いことがわかるデータがあります。
総務省消防庁「令和4年版救急・救助の現況」を見てみると、全国で5,978,008人が1年間に救急車で搬送されていますが、なんとそのうちの48.0%は軽症例と判定されているのです。
救急車の出動数も例年増加しており、救急車が現場に到着するまでの所要時間は2011年では8.2分であったところから、年々所要時間が増加しており、2021年には9.4分と初めて9分を超えました。
僅かな差なようですが重症患者、特に心停止患者では1分の差で命が分かれるので、非常に大きな壁となる時間差です。
救急車を適切に利用するために
救急車の不適切利用は良くないとは言っても、自分の子どもが急に体調が悪くなったら冷静な判断は難しくなります。
救急車を適切に利用するためには、事前にどのようにして救急要請の判断をするかを知り、シミュレーションしておく必要があります。
まずは、子どもが病気になった時に病院に受診できる可動化の判断に役に立つツールを紹介します。
Webサイト「こどもの救急」です。
このサイトは、厚生労働省研究班と日本小児科学会により監修されているもので、どんな症状があるかをチェックボックス形式で回答することで、病院を受診すべきか、また救急車を呼ぶべきか回答してくれるサイトです。
このサイトを活用することで救急車の不適切利用を防ぐだけでなく、必要なのに病院に行かずに治療のタイミングを逃すことも防げます。
小児救急電話相談事業も有用な手段です。
こちらは、小児科受診対象となる15歳未満の子どもの保護者が、子どもの急病にどのように対応すべきか相談することができる電話窓口です。
小児科医や看護師が対応してくれ、適切なアドバイスをもらうことができます。
固定電話や携帯電話から「#8000」をプッシュすることで、今いる都道府県の相談窓口に自動で転送されます。
是非この番号を覚えておいてください。
まとめ
今回は救急車の不適切利用について解説をしていきました。
急な病気などがあると、適切な判断をすることは難しくなります。
そのような時に、冷静な判断を下すための支援ツールがあります。
是非これらのツールの存在を覚えておき、迅速に適切な判断を行えるようにシミュレーションしておきましょう。
参考文献:
1.総務省.「令和4年版 救急・救助の現況」
2.東京消防庁
3.尾張旭市.消防・救急
4.田中輝征, 半谷芽衣子, 松本佑史: 救急医療サービスの経済分析.「公共政策の経済評価」事例プロジェクト 2007, p1-39
5.下開千春.「増える救急搬送とその対応」『第一生命経済研究所 Life Design Report 11』
6.消防庁. 救急業務のあり方に関する検討会
7.矢澤長史,中村雄治,加納隆弘ら.消防と福祉部局との連携による不急的な救急利用対策. 日臨救急医会誌(JJSEM)2020;23:674-678
8.総務省.「令和2年版 救急・救助の現況」