第3回ライティングコンテスト東京報道新聞賞

5年前、大学近くの居酒屋で飲んでいた。自分の故郷の話になった際、私の地元の話をしてみた。すると、

「近くのバス停の名前が『佐藤家の前』なの!そんなことある?!」

と友達から爆笑されてしまった。都会で暮らしている人からしたら、信じられない場所。それが私の地元である。

地図帳で見ると、長野県のずっと下。愛知県の近くにある人口1万人の町が私の地元だ。秋になると、リンゴの赤色やナシの黄色で、街中が色鮮やかになる。そんな街の中心部に、思い出の場所がある。正式名称ではないが、『城山』とみんなは呼んでいた。

標高590m。果樹園の中に、そびえたつ小さな山。登るには、284段ある階段を登らないといけない。そびえたつような階段は嫌な時もあるが、登ると新しい思い出がまた一つ出来上がる。

初めて『城山』を登ったのは、小学校3年生。クラスの友だちが「放課後、みんなで登ろうぜ」と私に声をかけてくれた。時期は真夏。「何段あるか数えよう」と話していたが、全然たどり着かない。みんな疲れてしまい、途中で数えるのを諦めてしまった。2回の休憩をした後、のっそり熊のように歩いて、やっと頂上に着いた。

「見て!」

友だちが指さしたほうを見ると、私たちの小学校だった。小学校、中学校、スーバー、役場、果樹園、畑…。都会に住んでいない私にとって、見下ろすその景色は、鳥肌が立つ景色だった。それ以降、その景色が忘れられず、『城山』は地元のお気に入りの場所だ。

年を重ねていくなかで、何度も『城山』に登った。中学校1年生。陸上部に所属した私は、『城山』を登るトレーニングがとても好きだったのを覚えている。毎月1回しか登らないが、毎回違う景色が広がっていた。春にはピンクの桜の花、赤いつつじ。夏には、セミの声で包まれた森林。秋には緑色の赤松の実。リスにかじられた松ぼっくり。冬には雪で化粧をした、白い姿を見せてくれた。

中学3年生の冬、「初日の出を見ようぜ」と友だちから誘われた。「どこで見ようか」と話している友だちに、真っ先に「城山に行こう」と誘った。1月1日朝5時。街灯がない、真っ暗の階段を友達と登っていく。毛糸の手袋を2枚重ねても、手先の感覚がなくなった。極寒の中で見た、頂上で見た朝日の色は忘れられない。-10°のなかで見る景色は、太陽がいつもより輝いて見えたのを覚えている。

高校生、スポーツをするため越境入学をした。地元を離れたが、1月1日だけは必ず『城山』に登っていた。毎年登っていると、徐々に景色が変わってきたのが分かる。小学校の周りには、新しく舗装された道路ができた。スーパーはつぶれて、代わりに新しくコンビニができた。見下ろす時に見えた、杉の木は伐採されて、ほとんどなくなってきている。

だが、変わっていないこともある。登った頂上にある赤い鳥居。『城山』と言う文字の形になっているつつじ。そして、何より石の階段はいつ数えても284段のままだった。

過疎化が叫ばれる中、この街にも変化は訪れている。10年間で人口は2000人減っている。小学校も1つ廃校になって、2校になったらしい。人口は減ったが、『城山』は街の中心部に居場所として残り続けている。『城山』から見る街の景色は、戻れる居場所があることを感じさせてくれる。そして、また明日から生きていこうという意欲を与えてくれる。

2023年。5年ぶりに『城山』に戻ってきた。一緒に登る女の人は、新しい家族だ。私は、昔に比べると疲れなくなった石の階段を、踏みしめながら登っていた。隣にいる奥さんは息を切らしている。私もそうだったなあと思い返しながら、ペースを合わせてゆっくり登る。

都会も好きだ。ネオンの輝かしさや人の多さも良い。でも、都会にはない街灯のない暗い道。星一面の空。朝日の美しさ。動物たちの鳴き声。色とりどりの自然。Googleマップに載っているような、みんなが観光するような場所じゃなくても、ここが一番地元で紹介したい場所だ。

辛くなった時や、諦めてしまいそうになった時は、『城山』のそびえたつ284段の階段を思い出す。あの階段を登れたから、まだ大丈夫。次に登る時は、何が変わっているだろうか。戻れる居場所がある限り、これからも人生を走り抜けていきたい。

ライター:田村健太

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