サハラ砂漠に黄色く、大きな太陽が昇る。辺り一帯を焼け付すかのように、眩しい光を放っている。「あぁ、これは太陽を神様だと思うわけだわ」と感じた。アフリカで経験した、印象に残る出来事の一つだ。太陽が沈んだ夜、私はある少年と出会った。後の人生を、大きく変えることとなる人物と。

私がチュニジアを訪れた2012年7月は、ラマダン(断食)の時期だった。現地人は何も口にしないのかと思いきや、実際はかなりゆるかった。大人の飲食は許されてはいけないはずが、シャワーを浴びながら水を飲む人や、「この野菜スープならOK」と食べる人もいた。

そうはいっても一応、日中は飲み食いが大っぴらにできない。一方で夜は飲み食いが許されるので、毎晩お祭り騒ぎになっていた。首都チュニスは屋台が立ち並び、飲食物のほか雑貨も販売されていた。

ナイトマーケットを訪れると、店の前で男の子が呼び込みをしていた。小学校低学年くらいだろうか。声変りをする前の高い声で、何かを叫んでいた。フランス語のようだった。欧米人の老夫婦が立ち止まり、彼と話し始めた。夫人は上品にほほ笑み、雑貨をひとつ買って行った。チュニジアはかつてフランス領だったこともあり、フランス語を話す人間が多い。私が驚いたのは、彼と目が合った次の瞬間だった。

「こんばんは! 見ていきませんか?」

彼はよどみなく、流暢な日本語で言った。おそるおそる店に近づき、彼を見つめた。美しい茶色い肌に、黒く大きな目が輝いている。

「どうしてチュニジアに来たんですか? ジャーナリスト?」

「違うよ。旅行。観光で来たんだ」

「へえ、めずらしい!」

どこで勉強したのかを聞くと、スマホ(彼のものではない。兄弟が持っているらしい)や観光客が捨てて行った本だと言う。学校へは通っていないようだった。10か国語を話せると言う彼は、こう語った。

「いつか、カナダのホテルで働きたいんです。外国人と話して、もっと世界を知りたい」

なぜカナダかと聞くと、恥ずかしそうに「YouTubeで見たメープルシロップを食べてみたい。それを紹介していた女の子がかわいかった」と言う。ふとした瞬間に見せた年相応の幼さに、自然と頬が緩んだ。

幼い彼は、自分にできることを精一杯努力する強い意志を持ち合わせている。途端に私は、自らの卑屈さを恥じた。自分の仕事への向き合い方を思い出したからだ。

当時の私は銀行で働いており、英語嫌いの上司が担当する外資系企業の通訳を任されてしていた。もちろん留学経験はなく、帰国子女でもない。会議では何を言っているか分からず、私が発言すると必ず沈黙が訪れた。毎回、本部から来た部長が通訳を代わってくれるという有様だった。

会議のある日は、会社へ行くことが憂鬱でたまらなかった。取引先が夏季休暇に入ったことを良いことに、私も休みを取り、現実から逃げるようにチュニジアへ飛んだ。なぜチュニジアかは定かではない。ビジネスや資本主義、そして英語に疲れていた私は、「英語圏でない、大自然がある場所」として、アフリカを選んだのだろう。

行きの飛行機で、「話せるわけないよ。普段、英語を使う環境にいないのに」と独りで愚痴った。それは幾度となく自分にかけていた言葉だった。しかし、目の前の少年はどうだ。

私は彼から、小さなガラスのカップを買った。少年は微笑み、もうひとつカップをおまけしてくれた。

「日本にも行ってみたいな。案内してね」

うなずくと、彼は私の後ろに鋭い視線を投げかけた。そして中国人のカップルへ、中国語で声をかけ始めた。すっかり商人の眼差しに戻っている。私は店を後にした。ホテルへ戻り、英会話学校へ申し込みをするためだ。貧しい環境にも負けない彼の知識欲と努力に感銘を受け、心は新たな炎が灯っていた。二度と会うことはないだろうと思い、遠くからこっそり写真を撮った。しかし、彼とは思いがけず再会することになる。

翌朝、砂漠へ向かうバスに乗っていた。速度はゆるやかで、道は舗装されていないせいか、揺れがひどかった。やっとのことで砂漠に差し掛かる手前、寂しい一軒の小屋が目に入った。木の棒と布でできた、簡易テントのようなものだ。扉も壁もないため、中が良く見える。そこでは小中学生くらいの子供たちが5、6名、昼寝をしていた。

「え?」子供たちの中に、昨晩の少年がいた。枕も毛布もない。代わりに本が高く積まれていた。その風景は脳裏に焼き付き、10年経った今でも鮮明に思い出すことができる。

私は帰国後に英語の学習を始め、副業で翻訳をするに至った。あの出会いがなければ英語はおろか、うまくいかないことを環境のせいにして一生を送っていただろう。逆境にめげずに努力し続ける彼の姿は、今でも私の心を照らしている。アフリカの太陽のように。

ライター名:登彩

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