第3回ライティングコンテスト佳作

人生においてこれまで何万回もの自己紹介をしてきたのだが、上京してきて自己紹介に大きな変化が現れた。名前の次に出身地が追加情報として付け加えられたのである。地元にいる高校時代までも自己紹介をしてきたが、当然のことながらみんなそこに住んでいる人の集団なのであえて、どこの出身です。などということもなかった。

「出身地は沖縄です」

そういうと決まってみんな「きれいな海に入れてうらやましい」というのである。私は建前上、にこやかに笑みを浮かべて応えていたが、それは本心から出る笑顔ではなくちょっと心は曇っていた。

本音は「海にはほとんど入ったことがない」のである。当初、海には入らないということを伝えていたこともあったが、正直理由を説明するのも面倒臭いし、なぜと聞かれても明確な理由などなく、海に入らないものは入らないのである。一体なぜなのだろうとこれまで沖縄を出るまでは考えたこともない問題に直面したのである。

まず、当たり前の話であるが、沖縄は暑いし、日差しが強烈なので日焼けしたくない。なぜ日陰もない海にいって日焼けをするのか正直、意味がわからない。やっぱり暑い日は家の中でクーラーにあたってひんやりと快適に過ごすのが一番居心地がいいのである。

もちろん全く海に入ったことがないとは言えないのであるが、入るとすれば夕方の日が陰ってきたころに入るし、水着の上にTシャツを着て完全に日焼けをしないようにしている。そして泳ぐというよりも足湯程度につかるというのが正しいかもしれない。地元の人からすれば観光客なのか地元の人なのか即座に判断できるほど地元の人の肌の露出率は限りなく低いのである。

海が近いからみんな泳げるというのも迷信で学校の授業でも泳げない人も多く、私調べではあるがバーベキューはするものの、海水浴という慣習が浸透しているとは言い難く、生活において泳ぐという基本的な装備すらない人も多い。

また、サンゴ礁が多い白い砂浜をイメージされる方も多いのだが、意外と素足で歩くと鋭利な石や岩場も多く、素足で歩くと怪我をすることもあるし、クラゲに刺されることもあって、海って結構怖いものだという価値観が植え付けられていたので、子供の頃から「海ではなくプールがいい」と言い放っていた。

お盆の季節になると学校で お盆の海に近づくと海に引き込まれるとまことしやかな噂をしていたこともあった。子供ながらに「海は危険なものである」という身近にあるものだからこそ、気易く近づくものではないという海と共存する社会でのルールが自然と植え付けられていたのかもしれない。

観光客の方にとってはリゾートとして海に泳ぐことが目的なのかもしれないが、地元の沖縄の人にとって海は常日頃そこに存在し、日常生活の風景の一部にほかならない。泳ぐというよりも青い空と海辺の景色を見て、今日あったいいこと、悪いこと、日常生活の煩わしさからひと時の休息を与えるものなのである。

沖縄は琉球王国として誕生し、その後沖縄県と変化していき、第二次世界大戦では、日本唯一の地上戦が繰り広げられ、米軍の統治下におかれ、本土復帰を果たした。誕生から今現在に至るまで、激動の変化をとげており、それに伴い沖縄の人々はその変化に巻き込まれ試行錯誤を繰り返し順応していくことを余儀なくされた。

変わりゆく社会や生活の中でたくましく生きていく人々のその視線の先には普遍的に何も変わらない海が君臨し絶対的な柱として人々を支えていたのではないだろうか。海は今も昔も沖縄の人々を温かく見守り、悲しみを癒し、明日の生きる勇気を与えるものなのである。

上京して初めて江の島を訪れた時のことを今でも鮮明に覚えている。私が幼いころからあの白い砂浜とマリンブルーの透明感のある海を海として認識していたのだが、それとは異なる様相で、これは私の知っている海ではなく、カルチャーショックを受けてしまった。

沖縄へ観光にくる方々が海で泳ぎたいと駆り立てられる気持ちにはじめて納得がいった。

東京の慣れない生活で少し疲れていた私は、海を見ると少しリラックスできるのではないかとも思っていたが、あの底抜けに澄んだ海と白い砂浜という楽園のような景色がそこに存在しないことに絶望感さえ感じたものだった。

上京した私にとってあの沖縄の海が日常生活の一部ではなくなったと知ったその日、ふるさとの海の尊さとその存在の大きさに気づかされ、故郷に帰りたくなった。

沖縄の人は海ではほとんど泳がないが、海の存在感は人々の生活の根幹なのである。

ライター名:高菜

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