みなさんも十分知っていることでしょう。
テレビや映画・インターネットでは、しばしば過剰とも言える暴力表現や残虐的な表現をすることを。
大人気のアニメでも、しばしば人が簡単に殺される表現が使われ、日常生活とはかけ離れた世界が描き出されます。
規制が緩いインターネットでは、視聴者の目を引くために過剰な表現をし、実際に迷惑をかけるために、動画配信者がしばしば逮捕されたりもします。
もちろん私たち大人も、そうした「表現」に晒されているわけですから影響を受けていますが、大人以上に影響を受けやすいのは私たちの「子ども」です。
では、子どもがメディアの暴力・残虐表現に日常的に晒されたら、どのような影響が出てくるのでしょうか?
また、こうしたメディアの過剰表現から、子どもたちの身を守るためにはどのようにすればよいのか、一緒に考えていきましょう。
意外と多く子どもたちの目に晒されるメディアの暴力表現
ところで、あなたは子どもが大人になるまでの間に、メディアを通じてどれくらいの「暴力的な表現」「残虐的な表現」を目にすると思いますか?
100回?
1,000回?
いやいや10,000回?
Hustonらの研究によると、初等教育期間(小学校期間)の子どもたちの間だけでも100,000回もの暴力行為を見ていると報告されています。
そのうち8,000件は殺人が含まれています。
また、8歳になるまでに「200,000件の模擬的な暴力行為と、16,000件以上の劇的な殺人を目にする可能性がある」とされています。
もちろん、そのうちに実際の生活で、メディアで行われているような暴力行為を目にする割合は、1%未満とされています。
いかに「メディアでの日常生活」と、実際の日常生活が異なるかがわかるでしょう。
メディアの裏側には、どうしても「視聴率を獲得したい」という想いがあります。
そして、視聴率を獲得するもっとも効率のよい手段は「わかりやすいメッセージ」と「強力なインパクト」です。
人は誰しも「死」に対して、強い恐怖感が潜在的にあります。
「目の前の人が死ぬ」というのは、もっともわかりやすいメッセージであり、もっとも強力なインパクトがあります。
メディアがこれを利用しない手はありません。
それがどのように視聴者に影響を及ぼすかよりも、自分たちの視聴率を獲得したいという想いを優先してしまった結果なのです。
では、メディアの過剰な暴力行為や残虐行為は、子どもたちにどのような影響を与えていくのでしょうか。
(参照:R Potts, A C Huston, J C Wright. The effects of television form and violent content on boys’ attention and social behavior. Journal of experimental child psychology. 1986 Feb;41(1);1-17)
(参照:Ivona Shushak、 et.al. THE IMPACT OF MEDIA VIOLENCE ON CHILDREN)
さまざまな論文から解明されている、暴力行為の深い影響
メディアのこうした行き過ぎた暴力行為の危険性は、多くの論文で報告されてます。
例えば、2006年に行われたBushmanらの複数の論文を解析した研究によると、以下のように言われています。
- 暴力的表現のあるメディアに触れるほど、その後の攻撃的行動、攻撃的思考、覚醒状態(心拍数・呼吸数の増加、血圧上昇など)や怒りに直結しやすい。
- メディア内の親切行為は逆に攻撃的行為に結びつきにくくなる。
- 子どもよりも大人に対して大きく、長期的な影響は大人よりも子どもの方が大きい。
メディアによって人は、攻撃的にも温和にもなりやすいことがわかりますね。
実は、こうしたメディア暴力を視聴することによる攻撃性や恐怖、脱感作(暴力的な表現に徐々に慣れてしまうこと)は、2008年や2011年の複数の論文を検証した報告でも言われています。
また、インターネットの利用でも、「人を変えてしまう」ことが報告されています。
例えば、2013年のDaineらのレビュー論文によると、ネットいじめも一般的なインターネット利用や、自傷行為、自殺願望、うつのリスク増加に関連していることがわかっています。
この現状は日本でも報告されており、2013年の青山らの報告では、インターネットと子どもたちの心の関係性について、以下のように紹介しています。
- インターネット使用が使用者の攻撃性へ結びつきやすい
- 逆に、「身体的攻撃性」の高い生徒ほど、インターネット使用が増えている
- オンラインゲームは攻撃性に影響はあるが、暴力的な内容のテレビの影響よりも少ない
このように考えると「マスメディアだけ規制すればよい」というわけではなく、インターネットそのものも、子どもたちに大きな影響を与えるということになります。
一方で、「メディアの影響は少ないのではないか」「オンラインゲームが攻撃性の増加を引き起こすのではなくて、もともと攻撃的な性格の持ち主がオンラインゲーム依存になりやすいのではないか」といった、メディアの暴力性が必ずしも子どもたちの心に影響するわけではないという意見もあります。
しかし、全体的な流れから見ていくと、メディアが子どもたちに与える影響は無視できるものではありません。
アメリカ小児科学会は、以下のようにスクリーンタイム(ゲームやスマホの使用時間)を設定しているのも、このような影響もあるからでしょう。
年齢 | 2歳未満 | 2-5歳 |
1日当たりのスクリーンタイム | 0時間 | 1時間まで |
(参照:文部科学省委託調査「青少年を取り巻くメディアと意識・行動に関する調査研究」)
(参照:Ling-Yi Lin,Rong-Ju Cherng, Yung-Jung Chen,et al. Effects of television exposure on developmental skills among young children. Infant Behavior and Development Volume 38, February 2015, Pages 20-26)
(参照:Brad J Bushman, L Rowell Huesmann. Short-term and long-term effects of violent media on aggression in children and adults. Archives of pediatrics & adolescent medicine. 2006 Apr;160(4);348-52)
(参照:Kate Daine, Keith Hawton, Vinod Singaravelu,et al. The power of the web: a systematic review of studies of the influence of the internet on self-harm and suicide in young people. PloS one. 2013;8(10);e77555. pii: e77555)
(参照:青山郁子,高橋舞. 大学生におけるインターネット使用に関する諸問題と仮想的有能感,自尊感情の関連について. 日本教育心理学会総会発表論文集2013年 55 巻 PE-077)
なぜメディアは子どもたちの心に影響を与えるのか?背景となる「3つの理論」
本来、メディアやインターネットの情報はあくまで「仮の世界」であり、私たちの世界ではありません。
では、なぜ子どもたちの性格を変えるまでの力を持っているのでしょう?
メディアと子どもたちの性格の関連性について、「慣れの理論」「カルチベーション理論」「模倣学習理論」の3つの説が有力です。
①慣れの理論(Habituation Theory)
慣れの理論とは、暴力的なメディアコンテンツを継続的に消費することによって、メディアユーザーは麻痺し、共感能力、特に暴力の被害者への共感が低下してしまうというもの。
本来、人の死はショッキングな出来事です。
しかし、何回も何回も見たらどうでしょう?
だんだん感覚がマヒしてしまうのではないでしょうか。
すると、現実世界でも「人の死なんて大したことない」と思い始めてしまう・・・これが「慣れの理論」です。
結果として、暴力を「普通のこと」と思ったり「解決するなら暴力に頼ればいい」などと考えたりして、自身が攻撃的になってもいとわなくなってしまうというわけです。
②カルチベーション理論(Cultivation Theory)
カルチベーション理論とはジョージ・ガーブナーによって開発されたもので、「メディアがユーザーの世界に対する認識や信念を長期にわたって形成している」とする理論です。
人は誰しも自分の「世界観」をもっています。
通常は自分の身の回りに起きた「リアルな出来事」が中心になるわけですが、あまりにメディアとの接点を持ちすぎると「メディアの世界が自分の世界なんだ」と勘違いしやすくなるというわけです。
特に子供の場合は、「自分の世界観」をあまり持っていません。
リアルな体験を全くしていません。
その段階で「メディアの世界観」を多く見せられると、通常とはかけ離れたメディアの世界観が「普通のこと」のように感じてしまいます。
慣れの理論とは「世界観」という意味で異なります。
こちらの方が「信念」にまで根強く残るのでより深刻な状態ですね。
③模倣学習理論(mimetic learning theory)
模倣学習理論(または社会学習理論)は、アルバート・バンデューラによって提唱された理論で、人々が他人を観察し、その他人の行動、態度、感情の結果を見て自分の行動を学ぶというものです。
こちらも特に子どもに顕著な傾向ですね。
どんな学習も「模倣」から始まります。
しゃべり方、歩き方、ふるまい方。それぞれ「かっこいいな」「あこがれるな」というキャラクターを模倣して学習します。
みなさんにも経験があるのではないでしょうか。
もしそれが、残虐な映画や暴力的なキャラクターだったらどうでしょう?
「暴力的なことがかっこいいこと」とマネするようになり自身を攻撃的にしてしまう・・・これが模倣学習理論です。
このようにメディアの影響は模倣学習から慣れ、世界観の構築に至るまで、ありとあらゆる影響を子どもたちに与えると考えられています。
だからこそ、すぐにメディアにつながれる私たちは「メディアの付き合い方」をもっと考えなければならないのではないでしょうか。
(参照:Ivona Shushak, et.al. THE IMPACT OF MEDIA VIOLENCE ON CHILDREN)
子どもたちを「メディアの過剰表現」から守るために
- メディアの使用時間を最小限にする: 子どものメディア利用時間を管理し、健康的なバランスを保つようにしましょう。動画を見せるのはラクですが、その分子どもは「メディア色」に染まってしまいます。
- コンテンツの監視と管理を徹底する: 親が何を見ているかを監視し、年齢に不適切なコンテンツから子どもを守りましょう。最近は、子どもコンテンツに限定できるメディアデバイスもあります。それらを活用しながら暴力的な表現を与える今テンスを制限することも大切です。
- 普段から子供とコミュニケーションをたくさんとる: 特に小さい時期は「親とのコミュニケーション」が何よりも大切。そのコミュニケーションを通じて「普通」「日常生活」を知っていくのです。暴力表現を使わずに優しい気持ちで接するとよいですね。
- 親として「子供たちのモデル」になる: 小さい子どもにとっては親が見本です。メディアだけでなく親が暴力的になると子どもも暴力的になるというデータもあります。普段から子供の規範になるような行動を子どもたちの前では見せてあげてください。
子どもたちがどのように育つかは、私たち親の行動にかかっています。
メディアに任せると、コンテンツによっては子どもたちに悪影響を及ぼしてしまいます。
正しく判断して、上手に距離をとりながらメディアとつきあっていくとよいでしょう。