第4回ライティングコンテスト佳作

コールドスリープは、冷凍睡眠。全身を冷やして、病気の進行や老化を止めて、医療技術が進化した時代まで眠り続ける。そんなSFの世界の出来事のようなことがすでに現実のものとなっている。ただし、次の時代まで眠るものは身体ではなく文化だが、それはまた後ほど。

SFの実現といえばAIも全く同じだ。昨年の春に世間を、いや世界を騒がせたチャット型の生成AI。試しに私が暮らす島のよい情報発信を尋ねて、その回答ぶりを見てすぐに有料プランに申し込んだ。

AIを秘書に付けてあと2か月と少しで丸一年、文章を整えてほしいとき、アイデアの壁打ちをしてほしいとき、また仕事で初めて聞く言葉をこっそり調べてほしいとき、彼?彼女?は大いに活躍し、月20ドル以外にボーナスも払いたくなる働きぶりだ。しかし、向こうが要求することはない、怖くなるほどの従順さ。とにもかくにもありがたい。

しかし、私がAIに頼みたいことの本命は秘書ではなかった。

「ある企み」を妄想して以来、2つの準備が整う日を待ち望んでいる。ひとつは叶った。当初はインターネットから情報を集めて答えてくれたAIだが、そのうち手持ちの資料を読み込ませられる日が来る。そのバージョンアップだ。あとは、「アレ」を待つばかり…。

アレとは、セ・リーグ優勝…ではなく、町誌。町誌の完成だ。

町誌とは、町の歴史や文化の記録。町にとって大きな出来事、衣食住の文化、昔あそび、民謡、昔話、方言…町の過去が一冊(あるいは数冊)にまとめられたデータブックともいえる。

1984年と1985年に発行されたわが町の町誌
1984年と1985年に発行されたわが町の町誌

私が暮らす島(正確には島内に2つあるうちの1つの町)は、2021年から、島における、民具や植物、方言などの各分野の専門家たちを結集させて町誌を作っている。完成は5月。

ある企みとは、町誌をAIに読み込ませること。すると何ができるかというと、AIが膨大な町の歴史を全て記憶し、いつでも教えてくれる。昭和何年に何が起こった?「ひ」から始まる方言は?昔遊びのレパートリーは?まるで、「死なない生き字引」だ。と、思ったが、そもそも町誌が字引(辞書)のような存在なので表現はややこしいが、それはどちらでもいい。

なぜ、そんなことをしたいのか?
理由は単純明快で、文化を「コールドスリープ」させたいからだ。

私には、91歳になる祖母がいる。彼女は記憶力がすこぶる抜群で、小学校の頃に見た映画の主題歌と歌詞と歌手をすらすら言えるような、超後期高齢者とは思えない驚異的な脳内メモリーを持っている(しかし、昨日、電子レンジに入れた煮物はよくそのまま忘れる)。

私が暮らす島は珊瑚礁が隆起してできた場所で、雨水が地下に浸透するため川が少なく、洞窟から汲み取った水を桶に入れ、それを頭に載せて運ぶことがかつて女性の仕事だった。そんな時代を過ごした祖母は90代と思えない体幹を持ち、今でもスーパーの帰りなどに「手で持つよりも楽だ」と言って、頭の上に野菜やら牛乳やらを袋ごと載せて運ぶこともある。

祖母による頭上運搬。あくまで杖はつくのがポイント。
祖母による頭上運搬。あくまで杖はつくのがポイント。

そんな、今でこそピンピンしている祖母だが、いつの日にかは逝くだろう。なので、時々、紙とペンを渡して、祖母しか知らない家系図やその半生について書き出してもらってきた。祖母も、私も、誰もがいつかは逝く。話せない、動けない、そして何にも伝えられなくなる。

町誌とは、そうして伝えられなくなる前に、親が子へと代々脈々とつないでいった知についてまとめたものだと思う。もちろん、その中で取りこぼしたものもあっただろうが、今問題はより深刻だ。人は都会へ流れ、子どもも減り、地域の担い手の不足により、あらゆる文化が死の淵にある。島の方言もまた、ユネスコの「消滅の危機にある言語」に認定されている。

今から40年後、私たちは町誌をつくれるだろうか。
人口減にあえぐ中、それだけの人手と時間と知恵があるだろうか。

だから、町誌をAIに読み込ませようと思っている。
この町の歩みについて、AIに覚えていてもらいたい。守っておいてもらいたい。

私は、AIの本質を「編集がものすごく早い」というだけだと思っている。インターネットの海を漂う情報を瞬時に集め、編集して教えてくれるが、自身がインターネットの海から上がって情報を取りに行くことはできない。身体がないからだ。だが、身体がないからこそ、死なない。関わりのある全データサーバーを一辺に焼き尽くしでもしない限りは、死なない。

身体があるゆえに文化を生み出し、身体があるゆえに逝ってしまう人。
身体がないゆえに逝かないが、身体がないゆえに文化を生み出せないAI。

町誌が完成して、町の歴史をAIに伝えて、「死なない生き字引」をつくる。それが実現すれば、文化は忘れられることなく、生きている人間と話しているかのように町について教えてくれるだろう。千ページ以上の分厚い本を開くよりも、さらに伝わりやすいものになる。

AIに伝えることが継承だとは思っていない。しかし、言語学者の知人が以前、「言語は体系化して残すことで後世復活させられる」と話してくれたことがある。だからAIはコールドスリープだ。未来が暗くても、その世代の頑張りで、もうひとつ向こうの未来は明るいかもしれない。いつかやってくる継承者に伝えるために、AIに私たちの町を覚えていてほしい。

ライター:ネルソン水嶋

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