子どもの医療費 その背後にある過剰医療と不要な受診

「子どもの医療費 その背後にある過剰医療と不要な受診」ライター:秋谷進(東京西徳洲会病院小児医療センター)

「子どもの健康は何よりも大切」- こんなことを言われたら、否定する人はいないでしょう。

実際、子どもの健康と安全を守るために、多くのケースで子どもの医療費は「無料化」され、非常に手厚い国からの補助があります。

しかし、その一方で、子どもの医療費が無料化されることでどんな問題が生じるか。十分知っている方は少ないでしょう。

過剰診療、不要な検査、そしてそれらが引き起こす医療費の増大。これらは、子どもの医療費が“タダ”という誤解から生じているのです。

今回、子どもの医療費『タダ』現象を通して、日本の医療問題の一端を紐解いていきます。

子どもの医療費がなぜ『タダ』なのか

そもそも、なぜ子どもの医療費が「タダ」になるのでしょうか?

一言でいうと、日本の公的制度である「子ども医療費助成制度」によるものです。

この制度は、子どもの医療費について助成が受けられるというもので、家庭の医療費の自己負担がない、もしくはほとんどなくなるというものです。

具体的な内容としては、以下の通りです。

①子ども医療費助成制度の対象年齢
各自治体によりますが、中学校終了前までの通院・入院の医療費が助成される地域が比較的多いです。

②子ども医療費助成制度の助成内容
助成内容も自治体によって際はあるものの、かなり「優遇」されたものになっています。

例えば、札幌市では0歳〜小学校3年生までの通院・入院医療費ともに、保険診療の自己負担分を助成します。

一方、仙台市では0歳〜未就学児の通院・入院ともに無料ですが、小学校以上中学校3年生までの通院は初診時500円自己負担、入院は1回の入院につき、10日目までは1日500円自己負担となります。

このように、子ども医療費助成制度は自治体により違いはあるものの、かなりの割合が補助されているのがわかるでしょう。

参照:保険チャンネル「子どもの医療費は無料なの?わかりやすく説明します【FP解説】」

「タダ」で起こる子供の「過剰医療」

こうした子どもの医療の「優遇制度」なら、誰でも「なるべく活用したい」と思いますよね?

  • 「子どもは❝タダ❞なんだから、(ほとんど病気ではないけど)ちょっとした事で診てもらおう」
  • 「市販薬で治るだろうけど、せっかくだから❝タダ❞の病院に行こう」

こうした心理もある意味当然です。
そこで生まれて来るのが「過剰医療」の問題。

些細な問題なのに、過剰に薬を出すクリニックばかりが流行る結果、不必要な医療・薬が蔓延してしまう事態になっていきます。

では、子どもの過剰医療が進むとどんな問題が出てくるのでしょう。

例えば、子どもの過剰医療の問題点として健康保険組合では、以下の点が指摘されています。

①医療費が増大する

過剰な受診は医療費の増大を招きます。

例えば、6歳未満の子供の場合、初診料には750円、再診料には380円の「乳幼児加算」がつきます。
また、心電図検査などの一部の検査には、最大で60%の加算がつくものもあります。

こうした自己負担分が『ゼロ』になった分はどこに向かうのか?

要するに、みなさんの税金だったり、社会保険料だったりするわけです。
巡り巡ってみんなで支払っているだけなのですが、タダだと当事者意識が薄れてしまいます。

行動経済学では、こうした心理のことを「ゼロ価格効果」といいます。

簡単にいうと、100円から200円になる心理的な抵抗感よりも、タダから100円を支払う心理的な抵抗感の方がずっと大きいというわけですね。

つまり、ゼロ価格(=無料)は、ごくわずかな金額と比較して需要を大きく増やす、すなわち「ゼロ価格効果」が存在するとされているのです

この効果により、医療の無料化が過剰な医療需要につながっているとの懸念があります。

②受診判断の重要性がうすれる

例えば、子どもの場合、夜間に急に高熱が出ることがよくありますよね?

これが大人だったら「まあ一晩様子見て、熱が続いていたら病院いこう」ということになったりします。
ましてや大人の場合、「夜間に病院に行くと、何千円と高額な受信料を取られるから行かない」という人もいるでしょう。

けど、これが大切なわが子だったらどうでしょう?

  • 夜間に診療にいっても「タダ」なんだから、明日の仕事も忙しいし病院にいってしまおう。
  • 「善は急げ」で重大になる前に「タダ」だし、とりあえず救急外来に行こう。

という方も多くいます。
確かに「早めに受診すること」自体は非常によい心がけです。
しかし、一晩様子を見て、診療時間内に受診すれば済む軽症のこともあります。
また、無理に連れて行くことで、かえって子どもが体力を消耗し、治るまでに時間がかかってしまう場合もあります。

そのため、夜間や休日に子どもを受診する際には、本当に今すぐ受診するか、本来は慎重に判断すべきでしょう。
しかし、子どもの治療費が「タダ」になると、「タダ」が頭をよぎって正しい判断がかえってできない事もあるのです。

以上のように、子どもの医療費の無料化は、過剰な受診を招き、医療費の増大を引き起こす可能性があります。
そのため、受診の必要性を慎重に判断し、適切な医療を受けることが重要といえますね。

参照:全国健康保険協会「7月 子どもの医療費は“タダ”ではありません」

「タダ」を脱却するのも選択肢

飯塚敏晃教授及び重岡仁教授の共著論文”Is Zero a Special Price? Evidence from Child Healthcare”が、American Economic Journal: Applied Economics”から一部改訂

こうした「過剰医療」の現状を受けて、東京大学大学院経済学研究科の飯塚敏晃氏らによる研究では、「自己負担があるかないかは医療需要に大きな影響を及ぼすが、自己負担の大きさそのものはさほど需要に影響しない」と指摘されています。

先のゼロ価格効果の話ですね。
つまり、1回200円といった少額でも自己負担を課すことで、ゼロ価格に比べて医療需要が大幅に減ると考えられています。

実際のシミュレーション結果によると、少額の自己負担(200円/回)を課すと、健康状態の良くない小児が、月に1回以上受診する割合は減少しないが、比較的健康にもかかわらず頻繁に受診する小児の割合は、大幅に減少することが示されています。

また、少額の自己負担を課すことで、不適切な抗生物質の使用の減少幅が大きかったとの結果も出ていますね。

このように、子どもの医療費の無料化は、過剰な医療需要を生み出し、医療費の膨張を引き起こす可能性があります。

そのため、適切な自己負担の設定や価値に基づく医療保険設計が求められています。
今後は医療費抑制のために、少額でも受診料がかかる形にするかもしれませんね。

参照:Medical Tribune「子供医療費「タダ」が生む医療費膨張」

日本を本当に住みやすく持続可能な社会へ

子どもの医療費が“タダ”という制度は、多くの家庭にとって大きな支えとなっています。
しかし、その一方で、過剰な受診や不必要な検査を引き起こし、医療費の膨張を招く可能性があることを理解することが重要です。

そして何より、私たちが忘れてはならないのは、医療費が“タダ”であることが、子どもたちの健康を守るための手段であるということ。
あくまで、子どもたちが必要な時に適切な医療を受けられるようにするためのものであり、無闇に医療機関を利用するためのものではないということです。

子どもたちの健康は、私たちの未来そのもの。
その未来を守るためにも、我々一人一人が医療費の適切な利用について考え、行動することが求められています。

子どもたちの健康と未来のために、節度ある医療機関の受診をお願いします。

参考文献:
1.Toshiaki Iizuka,Hitoshi Shigeoka. Is Zero a Special Price? Evidence from Child Health Care:
AMERICAN ECONOMIC JOURNAL 2022:14:381-410

2.Lina Jankauskaite, Yevgenii Grechukha, Kristin Avranden Kjær,et al.
3.Overuse of medical care in paediatrics: A survey from five countries in the European Academy of Pediatrics. Front Pediatr. 2022 Sep 13;10:945540. doi: 10.3389/fped.2022.945540. eCollection 2022
4.Scott IA, Soon J, Elshaug AG, Lindner R. Countering cognitive biases in minimising low value care. Med J Aust. (2017) 206:407–11. doi: 10.5694/mja16.00999

秋谷進医師

投稿者プロフィール

小児科医・児童精神科医・救命救急士
たちばな台クリニック小児科勤務

1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。
金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。
専門は小児神経学、児童精神科学。

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