利益の少ない小児医療の課題 進まない医療機器開発

「利益の少ない小児医療の課題 進まない医療機器開発」ライター:秋谷進(東京西徳洲会病院小児医療センター)

小児医学と医用工学

工業技術の発展と共に私たちの生活にはさまざまな工業製品が関わっています。
日常生活ではパソコンや家電がない生活は考えられないものとなっており、仕事でもあらゆる業種でロボットやコンピュータが必須になっています。
医学の世界でもさまざまな工業製品が使われており、日々新しい医療機器が開発されています。
このような工業製品の開発では製品を作成する工学系の技術者と、実際現場でその製品を使う医師の間での壁があることがしばしば問題となります。

特に小児科領域において、他の診療科と比較して収益が得難いために医療機器の開発や利用が後回しにされてしまうことがあるのです。
今回は小児科領域の医療機器開発についての問題点を具体的な事例を元に見ていき、どのようにしてその問題に対処するかの展望について解説します。

リハビリロボットスーツHALⓇを例に考える

神経・筋難病疾患に対する歩行機能改善などに大活躍しているリハビリロボットスーツHALⓇという製品があります。いくつかの疾患では効果があることが証明されており、保険診療で多くの患者さんが利用しています。
しかし、小児に対する医療用HALⓇの使用については限定的であり進んでいません。
今回はこの医療用HALⓇを例に小児科領域の医療機器について考えます。

リハビリロボットスーツHALⓇとは

リハビリロボットスーツHALⓇは身体機能を改善・補助・拡張することができる世界初のサイボーグ型ロボットです。患者さんに装着することで筋肉を動かそうとする時に発生する微弱な電気信号である整体電気信号を読み取り、それに応じて下肢の動きを補助します。これによって普段は自分の力で歩くことのできない患者さんが自身の足で歩行したり、立ったり、座ったりといったトレーニングができるようになります。

小児科領域では使うことのできないリハビリロボットスーツHALⓇ

下肢の動きを補助してくれる医療用HALⓇは神経・筋難病疾患を持ち自分の力では歩行などの訓練を行うことのできない小児に対しても効果が期待されます。障害を持つ子どもに歩行体験を「初めて」もしくは「再び」もたらすことができるのです。しかし、医療用HALⓇの小児への使用は、医療用HALⓇを使用したことで効果が出たのか小児の成長によって歩行などに恩恵がもたらされたのかの評価すらもなされていないのが現状です。現在、保険適用外疾患の効果が期待できる小児に対して医療用HALⓇを使うことができる施設は日本国内でも数箇所しかありません。しかも保険適用外のため高額な費用が発生するのが現状です。

小児科領域では他にも技術の発展が進まない状況が散見されます。
コロナ禍で、経皮的動脈血酸素飽和度を測定する、「パルスオキシメーター」を使用された方がいらっしゃるでしょうが、お子さんには使用できなかったでしょう。簡単な医療機器でさえ、成人用がそのまま子どもに使用できるわけではないのです。
これは小児医療が収益を得られにくいことが関係しています。小児は成人と比較して手間がかかる、すなわち手厚い医療を施そうとすれば人件費がかかるのです。
現在の日本の制度では小児科は収益が確保しにくいのです。

工業製品を作る企業も収益を上げないと事業の継続ができず、医療機器の開発もなかなか進みにくいのです。Takahashi らの報告では2006年4月~2019年12月にPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)に承認された新医療機器数529件のうち小児用医療機器の承認数は12件(12/529、2.3%)であったと報告しています。

          全医療機器
承認数
小児用
医療機器
承認数
2006231
2007260
2008162
2009370
2010181
2011331
2012461
2013941
2014670
2015561
2016260
2017270
2018382
2019222
2006-2019 総計
(新医療機器承認数:
 小児/総計 2.3%)
52912
表.PMDAに承認された新医療機器数(2006年4月~2019年12月)

医療機器の開発の問題にどう対応するか

医学の発展は単なるビジネスの問題ではなく、収益性が理由となり開発が遅れるのは本来あってはならないことです。しかし、収益が出ないと企業は存続できないため、収益が込めない領域に注力することはできません。そこで以下のような対策が必要になります。

現場で医療に関わる医師や医療従事者から工業製品を製作するメーカーに働きかける

やはりまずは現場でのニーズを伝えることが重要です。メーカーとしても現場でニーズがあるかどうかの把握が難しい場合もありますので現場でどのような製品が求められるかについての情報が必要です。医学の進歩と共に得られる情報をもとにどのような医療機器が必要なのかをメーカーに伝えて医師主導で開発を進めていくことが医療機器を開発する上で必要なプロセスとなっています。

国からの助成金などで収益を確保する

現場のニーズがあるとわかっても開発費用を捻出することが難しい場合があります。収益性の高い領域であれば企業も研究費を出し易いのですが、難しい領域もあります。医師や新しい治療を望む患者・患者家族が国や自治体に働きかけ、必要な分野に補助をするように働きかけを行うことも非常に重要です。

患者やその家族はまずどのような治療を望んでいるのかを医師に伝えることが第一歩となります。そうして生まれたニーズによって医学は発展していくのです。

患者のニーズから医療機器を開発する

今回は小児科領域を例に医療機器開発の問題点を解説しました。医学の発展も医用工業など他の分野と密接に関連しているため収益に関する問題への取り組みは非常に重要となっています。
治療を受ける患者さんからのニーズの拾い上げが今後も重要です。

参考文献:
1.栗山卓也. 知的財産からみた医工連携成功の鍵. バイオメカニズム学会誌 2021;45: 129-134
2.経済産業省関東経済産業局:事例から学ぶ医工連携の知的財産,日本医師会(編) 2019;1-29
3.Sara Takahashi,Kiyotaka Iwasaki,Haruki Shirato, et al. Comparison of supportive regulatory measures for pediatric medical device development in Japan and the United States. J Artif Organs 2021;24:90-101
4.坂本喜三郎ら.国立研究開発法人日本医療研究開発機構 医薬品等規制調和・評価研究事業小児用医療機器の日米同時開発に係る 課題抽出等に関する研究
5.中島孝.ロボットスーツ“HAL-HN01(医療用 HAL)”.医学のあゆみ.2014;
249(5):491-2
6.中島孝.神経・筋難病患者が装着するロボットスーツ HAL の医学応用に向けた進歩,期待される臨床効果.保健医療科学.2011;60(2):130-7

秋谷進医師

投稿者プロフィール

小児科医・児童精神科医・救命救急士
たちばな台クリニック小児科勤務

1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。
金沢医科大学研修医、国立小児病院小児神経科、獨協医科大学越谷病院小児科、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科、東京西徳洲会病院小児医療センターを経て現職。
専門は小児神経学、児童精神科学。

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