ライティングコンテスト特別賞作品

22年も生きていれば、新生活の節目も何度か訪れる。その度に育った地からは離れるもので、新しい場所では今までいた地域の話が盛んだ。「どこの出身ですか?」「地元は?」と聞かれるといつも答える場所には、実際数年しか住んでいなかったりする。

大学の英語の授業では「ホームタウン」についての発表がたびたび行われた。「ふるさと」についてである。自身が出身地としている場所も、事実上ホームタウンではあるが、心からのふるさとかと聞かれれば答えるのは少し躊躇われる。

自身にとってのふるさととはどこだろうか、とふと考えることがある。幼少期から複数回の引っ越しを経てしまえば、特段土地に思い入れもなくなるものだ。だからたまに、テレビ番組などで「ここで生まれ育ちました」と誇らしく地元の話をするお年寄りを見ると、自分には言えないセリフかもしれない、と自身の出身地を思う。

数年しか住んでいないとはいえ、何も説明ができないほどその土地に関して知識も関心も薄い。たとえば、その地域の病院で生まれ、赤ちゃんの頃から成長を共にした幼馴染みがいるというのは、どんな人生だったのだろう。自身の誇りが一つ増えるだろうか。とりあえずは、こんな些細な話題で変に考え込まずに済むのは間違いない。

生まれた地でそのまま大人になるまで過ごしたわけではないため、ふるさとと聞いて思い浮かぶ候補はいくつか出てきてしまう。生まれた場所、幼少期を過ごした場所、青春を過ごした場所、はたまた心のふるさと?ここで自分という人間が形成された、という場所が明確でないと、自分の土台がないようにも感じられて、なんだか寂しい気分になることもある。

いつでも帰っていい温かい場所、心の拠り所、老いた後過ごす場所。ふるさと、を表すには出身地という言葉では少し淡白だ。心も体もそこで育って、いつも頭の片隅にあるような。私は少し「ふるさと」に夢を見過ぎかもしれないが。

小学生の頃、引っ越し先で方言が違うことで揶揄われたことを思い出した。10歳前後。自身の使っていた言葉は「変」だと言われ、周りに合わせようと今までの方言をやめた。同じ日本語なのにここまで壁があるなら、なるほど外国語のコミュニケーションが難しいはずだ、と幼いながらに感じたのだった。では、同じ言葉や方言を使えばそこの人間になれるかと言われれば、それは違うらしい。住んでいる場所、期間、言葉、知識全て揃えればその場所を「ふるさと」と呼ぶ資格が手に入るのだろうか。

田舎の方の地域では人の移動も少ないもので、「よそ」から来たというだけで珍しがられたものだ。そんな地域では「よそ者」が地域をふるさとというには肩身が狭いだろう。私のように幼少期に引っ越しを体験した人は多いと推測されるが、そのような人々にとって「ふるさと」という言葉はあまりに難しい。

現在は両親が暮らす実家のある場所を「地元」と呼び帰る場所としているが、仮に実家が引っ越しをしたり両親が亡くなったりすれば、私はそこを「地元」と呼ぶ理由は無くなるのだろうか。他人に聞かれれば出身地を答えるが、そこで長く過ごしたわけでもないのだけど、と心の中では出身地の話を深掘りされないよう祈っている。各地で過ごした時間も数年ほどで、我ながら情けない話ではあるが地元にもさほど詳しくない。どの土地にも特別に思うことがないから、どこをふるさととしてもいいというのが正直なところだ。

ここがふるさとだ、と感じられる場所を決める必要もないと言われればそれまでだが、自分という人間のルーツを明確にしたいのは、若さゆえだろうか。この先人生を積み重ねていけば、やはりここがふるさとなのだなと振り返るものなのだろうか。そんな日が来るまでは、内心はまだ複雑なままだ。

関連記事

コメントは利用できません。

最近のおすすめ記事

  1. 政府は11月22日、子どもと関わる職に就く人の性犯罪歴を確認する新制度「日本版DBS」の導入に向け、…
  2. 「子どもの適切な睡眠時間とは?とくに幼稚園児について」ライター:秋谷進(東京西徳洲会病院小児医療センター)
    睡眠はとても重要です。経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本は先進国の中で、睡眠時間が最も…
  3. 2024年1月、日本の主要な電力会社5社の電気料金が値上がりすることが予想されています。この電気料金…

過去よく見られている記事

  1. 新宿矯正展

    2023-8-30

    新宿矯正展とは?刑務所で作られた製品が多数販売!主催の府中刑務所についても紹介

    2023年8月3日(木)〜9日(水)にかけて、およそ3年ぶりに新宿矯正展が開催されました。現地の様子…
  2. 青森刑務所内で開催された受刑者向け慰問活動『えんぶり』と観覧する受刑者たち

    2023-8-28

    青森刑務所内で4年ぶりに受刑者向け慰問活動『えんぶり』が開催

    2023年7月26日(水)青森刑務所内の講堂にて行われた八戸朳(えんぶり)研賛会による『えんぶり』と…
  3. 2023-4-11

    30〜70歳代の貯蓄ゼロが約2〜3割 貯蓄を増やすための効果的な節約術とは

    金融広報中央委員会は2023年2月、「家計の金融行動に関する世論調査2022年(二人以上世帯調査)」…

【結果】コンテスト

東京報道新聞第3回ライティングコンテスト (結果発表)

インタビュー

  1. 柳沢有紀夫氏|海外書き人クラブのお世話係
    『海外書き人クラブ』という世界各国で活躍する日本人ライター集団のお世話係として活動する柳沢有紀夫氏。…
  2. 演歌歌手・琴けい子
    演歌歌手生活40年を越えた琴けい子氏が、デビュー当時から精力的に行っているのが全国の刑務所を巡るボラ…
  3. 寺田真理子
    メンタルヘルスの問題に悩む人は多い。一見すると万事順調に見える人がうつ病を経験していることも珍しくな…
ページ上部へ戻る