ライティングコンテスト優秀賞作品

A型の長女でも、未だに不安なことが頭をつきまとう。それはアパートを出ても、電車に乗っても、友だちに会っても仕事をしていても、いつもいつも頭にこべりついて離れない不安。そう、「鍵、かけたっけ」である。

コンロの火消しや窓の施錠に関してはまったく不安にならない。いつもいつも玄関の鍵の施錠だけ。なぜこんな単純なことがいつも不安なのかと言うと、それは私の生まれ育った実家に起因している。

私の故郷はかなり田舎で、家は山の奥の奥。コンビニまで車で20分かかるような奥地で、隣近所には祖父母と父方の親戚が軒を連ねて暮らしている。そんな家で生まれ育ったものだから、鍵をかけるという文化がなかった。故に私は未だに実家の鍵を知らない。鍵の形状も、鍵の在処も。

家族全員で出かけようが、全員で寝ようが、私は実家の鍵を閉めたことがないし、父と母が鍵を閉めているのを見たことがない。当たり前だが、自転車に鍵をかけるという習慣ももちろんなかった。

そんな私が上京してきて、東京のど真ん中で一人暮らしをしているのだ。今のアパートは暗証番号式で、持ち歩く鍵はない。外出する際には暗証番号のところから鍵を閉めるボタンを押せばいいだけなのだが、実家にいるときのくせでついついそのまま家を出てしまう。危ない危ない、鍵を忘れるところだった。同様に家に帰って、そのまま入ろうとして鍵の存在に気づくことも多々。そうだそうだ、鍵かけたんだった。

一度、鍵を閉めずに家を1日開けていたことがあった。家に帰ってそのまま入って、しばらくして今の自分の行動にゾっとした。今、私は暗証番号を押して開錠していないのに、入ってしまった。ということは鍵はずっと開けっ放しだったということだ。幸い何も被害には遭っていなかった(と思う)が、その日はよく眠れなかった。

その日から鍵だけは意識してかけるようになった。おかげで、今では無意識のうちに鍵をかけているのだが、無意識にできるようになるとそれはそれで鍵をかけたという記憶が残らないから困る。

アパートを出て数分歩いたところで、「鍵、かけたっけ」という不安がよぎって、このまま行けば余裕で間に合う電車を犠牲にしてまで確認しに戻ってしまう。ちなみに、これでかけていなかったことは今のところないのだが、私はそうしてしまうほど自分の行動に自信がない。

今ではその対策として、鍵をかける瞬間に自分の爪の色をみている。趣味でよくネイルをするのだが、施錠のボタンを押す瞬間、その指のネイルの状態を確認する。そうすると、ネイルが若干剥がれていたり、ラメが濃かったりして、脳内に『ボタンを押した指の青いネイルが剥がれかけているので塗り直さなければならない』と自動的にインプットされる。

他の行動と付随して鍵をかけたことを認識させるのだ。そうすると出先で「鍵、かけたっけ」が始まっても「青いネイルが剥がれかけていたのを確認したから鍵はかけた」と思いだせる。

面倒なのはその日中に本当にネイルを塗り直さなければ、次の日も同じ情報がインプットされてしまうので、剥がれかけていた爪は今日だったか昨日だったか区別がつかなくなることだ。鍵一つにまったくもって手間がかかる。

しかし、常にネイルを塗っているわけではない。やむを得ず地爪で出かけなければならない日というのはあるので、そういうときはどうしているかというと、正直どうもしていない。というより、対策が浮かんでいない。よって、毎度のごとく出先で不安に襲われる。

一番の解決策は、そもそも自分を信用できればいいのだが、A型であっても長女であっても生まれ育った環境が環境なので、やっぱり私は私を信用できない。この呪縛から解放される方法を私は今でも模索中なのだ。

ライター名:皐月

関連記事

コメントは利用できません。

最近のおすすめ記事

  1. 警視庁保安課は4月15日、生成AIで制作したわいせつ画像のポスターをネット販売したとして、男女4人を…
  2. 東京都内や大阪市など都市部で「偽基地局(IMSIキャッチャー)」と呼ばれる不正な通信機器の存在が確認…
  3. 85歳のタレント、デヴィ・スカルノ氏(通称:デヴィ夫人)が暴行の疑いで警視庁に書類送検されたことが明…

おすすめ記事

  1. 東京報道新聞が取材した青森刑務所でムショ飯の献立を考える管理栄養士さん

    2024-1-29

    刑務所の食事ってどんなもの?青森刑務所の管理栄養士に聞く令和の「ムショ飯」

    刑務所の中の食事というと、”臭い飯”というイメージを持っていた人もいるかもしれませんが、最近では「務…
  2. Let’s GO! EXPO2025

    2025-4-13

    いよいよ大阪・関西万博が開幕!世界最大規模を誇る木造建築物「大屋根リング」の意義とは?

    4月13日、いよいよ開幕した大阪・関西万博。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマにした国際博覧会…
  3. 2025-4-15

    フジ・メディアHDに新たな圧力 「物言う株主」が北尾吉孝氏を取締役候補に推薦

    米国のアクティビスト投資家ダルトン・インベストメンツが、フジ・メディア・ホールディングス(HD)に対…

2024年度矯正展まとめ

矯正展の2024年度開催スケジュールまとめ

【募集】コンテスト

東京報道新聞が大阪・関西万博の共創チャレンジとして開催するライティングコンテスト(第1回)

インタビュー

  1. 障がい者支援施設では、暴力事件や突発的な問題行動などさまざまなことが起き、最悪の場合は逮捕されること…
  2. 漫画研究家で推し活の達人の稲垣高広氏
    推し活の達人で漫画研究家の稲垣高広氏はもともと藤子不二雄マンガの大ファン。「推し活」を続けるうちに、…
  3. 書籍「50歳から8か国語を身につけた翻訳家の独学法」を出版した宮崎伸治氏
    50歳間近のある日、英語の書籍を読破しているときに外国語の書籍を読む素晴らしさに目覚めた宮崎伸治氏。…

アーカイブ

ページ上部へ戻る