「刑務所の食事ってどうなってるんだろう?」と気になったことはありませんか?
以前は”臭い飯”というイメージを持っていた人もいるかもしれませんが、最近では「務所飯」(ムショ飯)という形で、青森矯正展など日本各地の矯正展で「監獄カレー」などが人気になっています。
「刑務所の中ではどんな食事を食べているのか?」
「どんな人が作っているのか?」
「受刑者の食事環境を知りたい」
そんな疑問に答えるべく、令和の刑務所の食事(ムショ飯)について、青森刑務所で働く現役の管理栄養士さんにお話を伺いました。
受刑者の献立はどのように決められている?
刑務所での献立は管理栄養士さんが考えています。1ヶ月前までに、1日3食を30日分など、翌月の1ヶ月分の献立を決めるそうです。
この献立を決める際には、以下のような条件があります。
- カロリー
- 出せないメニュー
- 予算
1日の摂取カロリーは受刑者全員が同じではない
カロリーは、おかずと主食でそれぞれ決まっていて、おかずは1日1,020kcalです。おかずに関しては、作業内容に関わらず一律で、受刑者全員が同じカロリーのものを食べています。
一方、主食は受刑者によって異なり、1日1,600kcalや1,300kcalなどに分かれています。この差は受刑者の体格や年齢などではなく、受刑者が従事する刑務作業の内容の違いによるものです。
たとえば座り仕事の多い室内作業を行う受刑者と比較して、木工や立ち仕事に携わる受刑者はエネルギー消費が高いので、カロリー量の多い主食が割り当てられます。また、冬季に除雪作業を行う受刑者も、その負担に応じて高カロリーの食事が提供されるようです。
なお、主食は量が違うだけで、ご飯(白飯に麦飯が混ざったもの)がパンに変わるなど、メニューそのものが変わるわけではありません。
刑務所では出せないメニュー
一般的にはよく食べられているメニューでも、使用する食材や調味料などによって、刑務所では出せないものがあります。
調味料に関しては、みりんの使用が禁止されています。これは、アルコール分を含むためで、たとえ少量であっても使用できません。同様の理由から、料理酒の使用も許されていません。
一般的に和食にはみりんや料理酒、醤油などが頻繁に使用されますが、これらの代替として麺つゆを活用したり、甘味が必要な場合は砂糖を使用して対応しています。
料理においては、串カツなどの提供が禁止されています。これは、串を使用した料理が武器に転用される可能性があるためです。また、受刑者は食事時にお箸やスプーンを使用していますが、フォークは凶器になり得るため使用されていません。スプーンは安全性を考慮しプラスチック製です。
刑務所で食べられる季節のメニュー
刑務所でも、季節に応じた献立が考えられています。
12月の冬至には、かぼちゃ料理を出したり、クリスマスにはケーキの代わりになるようなデザートを出すとのことです。2023年のクリスマスは、シュークリーム(プチシュー)が提供されたようです。
また、大晦日には年越しそばとして、インスタントのそばが出されることもあります。正月には、伊達巻や黒豆などが入った、おせち料理に見立てたお弁当やお雑煮、鏡開きの翌日などには白玉のぜんざいが出されるなど、受刑者が季節を感じられるような食事を提供しています。
月 | 季節のメニュー |
1月 | おせち料理、お雑煮、ぜんざい |
2月 | チョコレート系デザート |
3月 | 特になし |
4月 | 特になし |
5月 | ゴールデンウィークにお菓子※ |
6月 | 特になし |
7月 | アイスクリーム、冷たい麺類 |
8月 | アイスクリーム、冷たい麺類 |
9月 | アイスクリーム |
10月 | 特になし |
11月 | 特になし |
12月 | クリスマスにケーキ、年越しそば |
受刑者は甘いものを食べる機会が少ないため、ぜんざいが人気の刑務所もあります。
青森刑務所でも、小豆を煮たものを月に一度提供しています。他にも、パンに小豆をつけて食べるのも好評です。ただし管理栄養士さんによると、料理そのものの甘味は控えめにしているとのことです。
季節を感じるメニューは甘いものが多い傾向があり、2023年2月のバレンタインの時期にはチョコレートムースが提供されました。
また、お菓子は5月のゴールデンウィークをはじめ、祝日にも出されています。これは、受刑者が祝日であることを意識させる目的もあります。お菓子にはスナック菓子などもありますが、やはり人気なのはチョコレートなどの甘いものです。
7月から9月の夏季には、週に1回程度アイスクリームが提供されます。アイスクリームは、スプーンを使わず吸って食べることができるチューブ型を採用していて、受刑者にとって小さな楽しみのひとつとなっています。このアイスクリームを出す日については、職員が暑い日をピックアップしているそうです。
夏のメニューには、そうめんをはじめとする冷たい麺類も含まれています。特に7月と8月には、提供される麺類はすべて冷たいものに統一されています。なお、冬はうどんなどの温かい麺類に変更されます。
このように、受刑者に季節感を感じさせるために特定のメニューを提供していますが、あくまでも限られた予算の範囲内で運用されています。予算は1日435円で、管理栄養士は、この予算に基づいて献立を工夫しています。
また、毎年の予算の変動により、年度によって献立の計画も調整する必要があります。予算オーバーしそうになったときは、より安価な食材を探して仕入れるなどの工夫をしているそうです。これは、具材を減らすことなく質を維持するための取り組みであり、刑務所外の一般的な管理栄養士とも共通しています。
受刑者に人気のあるメニューと不人気なメニュー
受刑者から人気のメニューとあまり人気がないメニューについて、管理栄養士さんに聞いてみました。
人気のあるメニューには、甘いもの、お肉、ハンバーグ、カレー、唐揚げなどが挙げられています。他にも、お雑煮など季節ものも人気だそうです。
一方、不人気なメニューは、野菜炒めのような野菜を使った料理です。管理栄養士は健康を考慮し栄養価の高いものを出していますが、必ずしも受け入れられるわけではありません。野菜の他にも、魚などヘルシーな料理はあまり好まれず、受刑者としてはできればボリュームのあるものを食べたいという思いがあるようです。
メニューは受刑者のアレルギーや宗教を考慮する
青森刑務所では、全受刑者が同じメニューを食べますが、中には何かのアレルギーを持っている受刑者もいます。アレルギーを持つ受刑者には特別な配慮がなされています。
アレルギーに応じて、食べられない食材を避けた代替メニューが提供されていて、たとえば、卵アレルギーの受刑者には卵を使用しない料理が用意されます。アレルギーを持っている受刑者が多ければ多いほど対応は困難になりますが、青森刑務所はそのようなケースは少ないそうです。
また、青森刑務所では現在はいませんが、宗教的な理由で特定の食品を避ける受刑者に対しても、同様の配慮が行われるとのことです。
その他にも、高齢の受刑者のメニューにも考慮する場合があります。基本的には他の受刑者と同じメニューを食べますが、医師の指示により、ミキサー食にすることもあります。
さらに、食前や食後に薬を飲む必要がある受刑者についても、医師の指示で対応するとのことです。
受刑者はどのように食事をしている?
食事の時間は決まっていて、休憩時間も含めて30分です。食事の開始時間は、担当する刑務作業によって異なります。
調理に携わっている受刑者は早めに食べていますが、他の刑務作業を担当している受刑者は全員同じ時間です。
食事の場所については、食堂や刑務作業を行っている工場があります。同じ部屋の受刑者同士や、同じ刑務作業を行う受刑者が一緒に工場で食事をすることもあります。
食べた食器を片付けるのも受刑者の作業です。時間をかけて食べることも可能ですが、テーブルごとに食器を集めて片付けるため、先に食べ終わった受刑者は他の受刑者が食べ終わるまで待つことになります。休憩時間をゆっくり過ごしたい受刑者も多く、食事の時間は実質10分くらいとのことです。
食事中の受刑者の雰囲気
受刑者の食事は、基本的には黙食です。黙食の理由については、工場などの場合は衛生的な理由もあります。
また、休憩時間が限られてることもあり、受刑者同士が喋ることも少ないようです。食堂の収容人数はおよそ30~50人です。
受刑者はご飯のおかわりや食べ残しはできる?
受刑者はご飯のおかわりをすることはできません。刑務作業の内容からカロリー計算をして食事量が決められているため、人によっては物足りないということもあるようです。年齢や体型に関係なく、ご飯は一杯までという規則になっています。
逆に、食べ残しについては、特に制限はありません。食べ残しても怒られることはないのですが、自分の食事を他の受刑者に与えることは禁止されています。
刑務所ならではの食事のルール
食事の時間や、おかわりができないといったルール以外にも、刑務所ならではの食事のルールがあります。
今回伺ったお話のなかには、以下のようなものがありました。
- 食堂では座る場所が全部決まっている※写真参照
- 一度座ったら無断で離席してはいけない
- 食事を他の受刑者にあげてはいけない
受刑者が座る場所が決まっていることと、離席が禁止されている理由は、受刑者同士の喧嘩やトラブルの防止です。
受刑者は刑務所の職員の目も気にしていますが、一番意識しているのは、同じ受刑者の目です。受刑者同士がトラブルになると、工場の作業を拒否する受刑者が出ることがあります。
また、受刑者同士の食事のやり取りも禁止しています。やり取りというのは、主食や副食に関わらず、自分の食事を他の受刑者にあげることです。自分の体調が悪いから食べられない場合や、嫌いなものだからという理由でも、他の受刑者にあげることはできません。
一般的な社会や学校の給食などの場合は問題ないことですし、最近はSDGsやフードロスの問題などもあって、食べられないものをあげることは良いことと思う人もいるかもしれません。
しかし、刑務所で食事のやり取りを認めてしまうと、受刑者間で上下関係が発生してしまう可能性があるとされています。
たとえば体調不良になった受刑者が、他の受刑者に副食をあげた場合、もらった受刑者の方が力が強いと、後々も「それいらないんだろう」という風に無理やり奪うなどのトラブルに発展する可能性があります。
このようなトラブルのきっかけをなくすために、食事のやり取りは禁止にしています。過去に刑務所内で発生した事例を踏まえて、ルール化したものもあるようです。
刑務所の管理栄養士の仕事
ここまで受刑者の食事を中心に書きましたが、ここからは、刑務所内の管理栄養士の仕事について紹介します。
一般の管理栄養士と刑務所の管理栄養士の違いは?
刑務所の管理栄養士の仕事の特徴のひとつに調理があります。
ここで特筆すべきは、管理栄養士が考案した献立を実際に調理するのは受刑者である点です。多くの受刑者は調理の専門家ではないため、管理栄養士は誰もが作れるような献立を考える必要があります。
管理栄養士が受刑者に調理について直接指導することはなく、刑務官を通して伝えられます。そのため、献立を考えているときにイメージしていた料理とは異なる場合もあります。
管理栄養士が作成するレシピには、食材の大きさや切り方などの手順が詳細に記載され、完成した料理の写真も掲載されています。しかし、受刑者がレシピに従って調理しても、期待通りの結果にならないことがあります。
力任せに切ったり、かき混ぜたりすることで食材が潰れることや、一口大のサイズがうまく伝わらず、刑務官を通して間接的にやり取りすることもあるそうです。
料理に慣れていない受刑者と間接的にやり取りすることが多いため、味は悪くなくても、料理の見た目のイメージが違う場合があるということです。
調理担当の受刑者はどのように決まる?
調理担当の受刑者は役割が分かれています。一部の受刑者は食材の下処理のみを担当し、別のグループは調理のみを行います。
12~13名で役割を分担して、炊事場では約350人分の料理を作ります。作った料理は各工場へ運ばれ、食事が終わると、使用した食器を集めて炊事場で清掃します。
1人当たり約30人分の料理を担当していて、調理経験がない人も多く含まれているなかで、よく役割を務めているとのことです。
炊事担当の選定には基準があり、主な要件は受刑者の素行の良さです。調理中に、受刑者が刃物を使うことは当然あります。しかし、その受刑者を監視している刑務官は護身用の道具などを携帯していません。
そのため、素行がよく、体力的にも調理ができる受刑者である必要があります。調理の経験がある方が望ましいため、刑務所に長く入っている受刑者の中から選べると調理も安定します。
しかし、青森刑務所の平均刑期が約3年のため、慣れた頃には出所となることも少なくありません。
なお、素行のよさについては、性格検査や面談を行って判断されます。
また、他の刑務所では、素行がどれだけ良くても、無期懲役の受刑者は調理担当にしない場合があります。
調理担当は、調理だけでなく食事をさまざまな場所に運ぶ作業も担います。ある程度自由に移動できるため、無期懲役の受刑者にはこの役割を与えることは滅多にありません。刑務所内で事件を起こしたり、逃走の恐れがあるためです。
管理栄養士の1日の仕事のスケジュール
刑務所の管理栄養士は普段、刑務所内の事務所でデスクワークをしています。実際に調理をして、受刑者に見せるということはありません。
1日の仕事のタイムスケジュールは以下のようになっています。
9:00~業者の納品の立ち合い、納品物のチェック
すべて納品されているか、適正な温度で収められているかなどを確認し、最も重要な賞味期限のチェックを行います。
10:00~昼食の検食
食材が間違いなく使われているかなどを確認します。検食は、管理栄養士だけでなく、所長を含む幹部職員 5〜6人が行い、問題がないことを確認したうえで、受刑者に配食されます。
15:00~夕食の検食
朝食は7:00前後に提供されますが、この時間は管理栄養士の出勤前であるため、検食は行いません。代わりに当直の職員が検食を担当しています。
管理栄養士の一日の流れとしては、朝は納品対応や事務作業を行い、昼食の検食、献立の考案などの事務作業、そして夕食の検食を実施します。
事務作業については、献立のイメージになる写真を探してレシピを作成したり、必要な食材の発注、予算の計算などが主な業務です。
また、検食でNGと判断された場合についても伺いました。検食でNGが出ることは非常に珍しいですが、その場合は、味の調整を行うとのことです。配食が遅れる場合は、その旨を各工場にアナウンスする手順が取られます。
検食でNGになる理由には、以下のようなケースが挙げられます。
- 調味料を入れる順番を間違えた
- とろみをつける料理で固まりすぎた
レシピには調味料のグラム数や水の量などが詳細に記載されていますが、それでも間違いが生じることはあります。そのため、管理栄養士による検食が大事になってきます。
刑務所の管理栄養士になった理由
刑務所の管理栄養士を目指した理由について尋ねたところ、「少し人と違ったことしてみたい」という思いがあったそうです。多くの人が病院や福祉施設、学校給食センターなどへ就職するなかで、通っていた大学に刑務所の求人が出たことが、応募のきっかけだったとのことです。
刑務所で働くことに対して周りから心配されることが多かったこともあり、就職前は少し不安にもなったとのこと。ただ、自分で決めたことであり、不安がありながらも少し軽い気持ちで就職したため、刑務所内の食事の実情を知って驚いたようです。
民間の業者が来て、受刑者の食事を作っていると思っていたのに、実際には受刑者が調理していたり、刃物を使っていることに対する驚きがあったとのことです。
普段の仕事の中で意識していること
受刑者は給食でしか食事をする機会がないため、他のものや食べたいものを食べることができません。普段から制限された生活を送っているため、限られた食事のなかに少しでも楽しみがあってほしいと考えています。
受刑者の楽しみが食事だという話は、他の刑務所でもよく聞きます。逆に他の楽しみについてはあまり聞かれないくらいです。
とはいえ、贅沢なものや高価なものを出すというわけではありませんし、制約も多いため、何かちょっとした楽しみを提供したいと考えているとのことです。
その楽しみの一例としては、青森ならではのご当地メニューを出してみたいとのこと。「イカメンチ」はすでに何度か提供されていて、受刑者が食事を楽しめるようなメニューを、ちょっとずつ増やしていきたいと計画されています。
管理栄養士の仕事のやりがいや取り組みたいこと
最後に、管理栄養士としての仕事のやりがいや、今後取り組みたいことについてお聞きしました。
「現在、矯正施設全体で再犯防止に力を入れています。私も食事や健康の面から矯正活動に貢献したいと思っています。食育は子供だけでなく大人にとっても重要ですので、現在進めている食育を今後も引き続き進めていきたいです。刑務所の管理栄養士という仕事を通して、受刑者の再犯防止や更生につながれば幸いです」