国産初の新型コロナワクチン 遅きに失したワクチン研究開発費67億円はアメリカの1割

「国産初の新型コロナワクチン 遅きに失したワクチン研究開発費67億円はアメリカの1割」ライター:秋谷進(東京西徳洲会病院小児医療センター)

COVID-19の名称の通り、2019年から世界中で感染拡大を繰り返し、医療界のみならず経済界にも大きな影響を与えた新型コロナ感染症。その後、早くも2021年2月14日にファイザー製の新型コロナワクチン(以下、ワクチン)が製造販売承認され、2月17日から医療従事者等を対象に予防接種法に基づく臨時接種が始まりました。

それからおよそ2年10か月たった2023年12月。満を持して国産初の新型コロナワクチンがついに使用開始されました。

しかし、この約3年間。海外で開発された新型コロナワクチンは世界中で何回も接種され、豊富なエビデンスと接種経験が蓄積され、多額の売上げをあげました。一方で、日本は完全に乗り遅れ、コロナ自体の毒性も低くなり「5類」になった状態からのスタートとなっています。

これからどんなに国産の新型コロナワクチンの市場を獲得しようとしても、少なくとも海外のワクチンより豊富な接種経験は期待できるものではありません。

世界のワクチン市場は総額約4兆円といわれる巨大市場の中でも、日本は完全に出遅れてしまったわけです。

チャンスは平等に与えられていたはずなのに、海外と日本でどうしてここまで差がついてしまったのでしょうか。

海外と比較した日本のワクチン研究開発の現状と、今後のワクチン産業の展望について解説していきます。

本当は果てしないワクチン開発の道のり

そもそもみなさんは、どのようにしてワクチン開発ができるか知っていますか?

ワクチンとは、病原性(毒性)を完全になくしたり弱めたりした病原体の一部などを接種することで、免疫が次の病原体の侵入を予防し、重篤な感染症を予防する医療技術のことです。
ワクチンを打てば、多くの方が経験しているように、免疫システムの備えによって病原体を排除しやすくなり、感染症予防効果や重症化予防効果が期待できます。

このように書くと「ワクチンなんて、感染している人から病原体を取り出して弱らせればいいんでしょ。簡単そう」と思うかもしれません。
しかし、重要であり大変なのは、開発そのものよりも「このワクチンが安全かどうか」の証明です。

実際には、以下のプロセスを経て、ワクチン開発が行われています。

①ワクチン候補の作成(探索段階)

探索段階で、科学者たちが行うのは、ワクチンの候補となる成分をピックアップすることですね。
病気を引き起こす微生物を無力化したり、その一部を使って「ワクチン候補」を決めていきます。
みなさんが思い浮かべる「ワクチン開発」はこの探索段階が中心ですね。

②マウスなどの動物を用いた検討

そして、ワクチンの候補が見つかったら、候補成分が実際に免疫応答を引き起こすかどうかを、細胞や動物モデル(マウスやラットなど)を使用してテストしていきます。
人間での試験に進む前に、安全性と有効性を初期評価をしていくんですね。

動物実験としてよく使われるのは、マウスです。
マウスは、人間と同じ哺乳類で、成長や発育も早く、実験設備が整っていることが多いからです。しかし、ヒトに行く前に犬やウサギなどの他の動物でも実験することがあります。

③薬理試験・毒性試験(非臨床試験)

さらに薬理試験といって、薬としての効果を確かめるさまざまな実験を行います。
「どれくらいの量で効果がでるのか」「ワクチンをどのような方法で使用するか」「ワクチンの薬物動態はどうなっているのか」など考えることは山積みです。

特にワクチンの場合は、もともと健康なヒトに接種するものなので、一番気をつけなければならないのは「毒性試験」です。
そのため、

  • 1回でどれくらいの毒性があるのか
  • 繰り返したらどれくらい毒性が上がるのか
  • 生殖をしたらどれくらい毒性が出てくるのか

など、様々な側面から毒性を検討していきます。

④臨床試験(第1相試験~第3相試験)

こうしてさまざまな検討から「このワクチンは安全で効果がある」と十分検証されたところで、やっと小規模なヒトへの応用が始まります。

具体的には小規模なものから順に第1相試験〜第3相試験まで行われます。

  • 第1相臨床試験:通常100人にも満たない小規模なグループに対してワクチンを投与し、主に安全性を評価します。副作用の有無や適切な用量を特定します。
  • 第2相臨床試験:より大きなグループに対してワクチンを投与し、安全性の確認を続けるとともに、免疫応答の評価を行います。
  • 第3相臨床試験:数千人規模の参加者を対象にした大規模な試験で、ワクチンの有効性と安全性を評価します。この段階では、ワクチン接種者と非接種者の比較も行われます。

このように、ワクチンの開発には「開発」だけではなくて、多くの検証作業を経て投与されているんですね。

さらに、投与された後も「品質管理」といって、ワクチンが市場に出された後も、その安全性と有効性は継続的に監視されます。
副作用の報告や有効性の問題があれば、対応措置が講じられています。

実は、最初の「ワクチン候補の作成〜動物実験」まででも、通常数年はかかるといわれています。
その後の基礎研究、臨床試験を経て、さらに数年~何十年とかかることはザラにありました。

このように考えると、逆に新型コロナワクチンの開発の方がきわめて「異例」であることがわかりますね。

なぜ新型コロナワクチンは海外でいち早く開発できたのか

では、逆に言えばなぜ海外での新型コロナワクチンは、こんなにもいち早く開発できたのでしょうか。
数十年が1年になるなんて、直観的には信じられないですよね。

この異例のワクチン開発の背景には、いくつかの理由があります。

①実は新型コロナワクチンの「プロトタイプ」があったから

まず、前提として、新型コロナには「プロトタイプ」がありました。
それが、2002年から2003年にかけての重症急性呼吸器症候群(SARS)や、2012年から地域的に発生している中東呼吸器症候群(MERS)の前に流行していたウイルス感染症です。

今回の新型コロナのワクチンのターゲットになったのは、「スパイクタンパク質」と呼ばれる細胞に侵入するためのキーとなるタンパク質ですが、この「新型コロナのスパイクタンパク」と「SERSやMERSのスパイクタンパク」は非常によく似ているのです。

また、近年ノーベル賞でも受賞された遺伝子を調べる技術革新や、mRNAワクチンに関する長年の研究もあり、遺伝子配列がわかれば、新型コロナワクチンをすぐに設計できる技術がありました。

このように、昨今の技術革新と新型コロナのプロトタイプがあったことで、いち早く「ワクチン候補の作成」を行うことができたわけです。

②政府からの全面的なバックアップと同時並行での検証

さらに、検証実験を「同時並列処理」で行ったことが大きいですね。

前述した通り、臨床試験に至る前の「非臨床試験」でも、薬効を調べる実験や毒性実験、動物を用いた投与量や投与方法の試験など、数多くの関門となる試験があります。

順番で行っていたら数多くの工程が必要ですが、それをすべて「並行」して行えば、そこまで多くの時間はかかりません。

しかし、並行で行うためには、並行でできるだけの人的、機材の巨額の投資が必要です。
それを可能にしたのがアメリカ政府の迅速な決断です。

アメリカ政府は、ワクチン開発のために全面的にバックアップを行い、巨額の投資を行い、ワクチンに対してイニシアティブを取る選択をしたのです。

③豊富な臨床試験の対象者がいて承認までの手続きを簡略化した

さらに、新型コロナ感染症によるパンデミック(大規模流行)が起きていたことから、臨床試験対象者が多くいたことがあげられます。

当時の新型コロナは、致死率も高く、世界中を震撼させた感染症。
さらに治療薬もない状況であり、接種したい人はたくさんいました。
臨床試験でも打ちたいという人がたくさんいたのです。

さらに、最終的な臨床試験を終える前から、審査ができる部分から始めていきました。
そして、各部分において段階的に承認することで、承認作業も簡略化させていきました。

このように、アメリカでは数多くの「工夫」が、これほどまでの「異例の短縮化」につながったのでした。
ここでは、参考にワクチン開発を実施する企業の研究開発費総額と、COVID-19の論文件数の国別比較を表にまとめました。
ワクチンに関するもの以外の研究開発費であるので注意が必要です。

企業名    本社国 研究開発費      
第一三共
株式会社
日本1,975億円
(2019)
武田薬品工業
株式会社
日本4,924億円
(2019)
グラクソ・
スミスクライン
英国6,987億円(51億ポンド)
(2020)
サノフィフランス7,500億円(60億ユーロ)
(2019)
ファイザー米国9,964億円(94億ドル)
(2020)
メルク米国14,416億円(136億ドル)
(2020)
表1.ワクチン開発を実施する企業の研究開発費総額の比較(1ポンド=137円(2020),1ユーロ=125円(2019),1ドル=106円(2020)にて算出)

順位国名      論文件数
1米国26,126
2中国11,917
3イタリア9,466
4英国9,438
5インド7,222
6スペイン4,871
7ドイツ4,453
8カナダ4,271
9オーストラリア4,074
10フランス3,743
11ブラジル3,419
12トルコ2,939
13イラン2,633
14サウジアラビア2,060
15日本1,938
表2.COVID-19論文件数ランキング(2020.1.1~2021.6.3)

参照:
The New England Journal of Medicine「Perspective”Developing Covid-19 Vaccines at Pandemic Speed”
Nature「The lightning-fast quest for COVID vaccines — and what it means for other diseases」
文部科学省「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)における我が国のワクチン開発に関する課題と対策の抽出」

日本でのワクチン開発は「真似」できなかったのか?

では、日本ではこうしたアメリカの試みを「真似」できなかったのでしょうか。

実は、2021年時点で多くのワクチン開発は「臨床試験」まで到達していました。

アンジェス株式会社が大阪大学と共同で開発しているDNAワクチンは、第Ⅱ / Ⅲ相臨床試験が2020年12月に開始され、塩野義製薬・UMN ファーマが国立感染症研究所と共同で開発している遺伝子組換えタンパクワクチンは、第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験が2020年12月に開始されていました。

また、今回、国内で初めて承認された第一三共と東京大学医科学研究所と共同で開発していたmRNA ワクチンも、2021年3月に第Ⅰ / Ⅱ相臨床試験を開始していました。

非臨床試験が終了するのも数年かかると言われていた状況で、日本も「健闘している」状況ではあったわけです。

それでも、結果的に今はアメリカのワクチン開発に遅れを取ってしまいました。
その理由の一つとしては研究開発費の差が挙げられます。
2000年の報告によると、米国医薬品産業の各研究開発費が24,464億円に対して、日本国内医薬品産業の各研究開発費は7,462億円であり、アメリカの1/3の研究開発費に留まってしまっています。

さらにワクチンだけに限ると、国内ワクチンの研究開発費は2004年度で67.7億円であり、アメリカの1/10に留まっています。

これを受けて、政府としては「世界トップレベルのワクチン研究開発拠点の形成」や「ワクチン製造拠点の整備」をテーマに掲げ、ワクチンに関しての開発強化を進めており、文部科学省から515億もの拠点開発費用と、合わせて施設の整備にも31億円が投じられています。

今後の国内のワクチンの開発はどうなっていくのか。
アメリカに追随しないワクチン開発が、日本でも生まれることを期待しています。

参照:
第33回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会研究開発及び生産・流通部会「ワクチンの研究開発支援について」
「世界と日本における新型コロナワクチンの開発と接種状況,今後の課題」〔ウイルス 第71巻 第1号,pp.041-044,2021〕
厚生労働省「ワクチン産業と医薬品産業との研究開発費の日米比較」

秋谷進医師

投稿者プロフィール

東京西徳洲会病院小児医療センター

1992年、桐蔭学園高等学校卒業。1999年、金沢医科大学卒。

金沢医科大学研修医、2001年、国立小児病院小児神経科、2004年6月、獨協医科大学越谷病院小児科、2016年、児玉中央クリニック児童精神科、三愛会総合病院小児科を経て、2020年5月から現職。
専門は小児神経学、児童精神科学。

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